「低体重出生児、ママはマニュアルが欲しかった」

2022年2月10日

子育て

第1章 低体重出生児と分かってから誕生まで

私の子供は男の子で、生後8か月になります。
毎日すくすく元気に育ってくれています。
私の息子は2021年3月23日20時40分に産まれました。
予定日は2021年3月28日でした。
少し早めに産まれたのは誘発分娩で陣痛を起こしたからです。
どうして予定日まであと少しというところで誘発分娩になってしまったのか、まずは出産までの過程をお話しします。

1年くらい子供が出来なくて悩んでいた私たち夫婦は、不妊治療のクリニックを訪れていました。
それが2021年7月のことです。
不妊治療クリニックでまずは血液検査を受けることになりました。
なんと、その検査結果でHCGの数値が高く、妊娠していることが分かったのです。
とても驚きましたし、本当に嬉しかったことを覚えています。
そこから妊娠28週までは順調に赤ちゃんはおなかの中で育っていました。
前回の妊娠26週の検診時の赤ちゃんの体重は928gで、その2週間後の28週の検診時には1301gにまで成長していました。
先生も「お正月に美味しいものをたくさん食べて赤ちゃんも大きくなったのかもしれないね」なんて冗談を言っていたくらいです。
しかし、その2週間後の妊娠30週の検診では、赤ちゃんの体重は1362gでした。
つまり61gしか大きくなっていなかったのです。
ずっと成長曲線の平均ど真ん中で成長をしてきた赤ちゃんが初めてペースダウンを見せました。
妊娠後期に入れば胎児の成長速度は上がっていくと言われています。
ネットでそのことを調べていた私は赤ちゃんが1500gくらいになっているはずだと思っていたので、あれ?おかしいなと拍子抜けしてしまいました。
その日のエコー検査がいつもより長かったことを覚えています。
先生からは「あまり成長していないですね、もし次の検診でも成長が見られなければもっと詳しく検査をする必要があるかもしれません」と言われてしまいました。
私は妊娠後期に入り胃酸が上がってくる後期づわりになっていましたので食べる量が若干少なくなっており、それが理由だろうと思っていました。
能天気な私はもっと食べればちゃんと赤ちゃんは成長してくれると思っていました。
その次の32週目、赤ちゃんは1807gへと成長をします。
先生からも「成長はしているようなので少し様子を見てみましょう」と言われたことで私も旦那も少しほっとしました。
たくさん食べてよかった、問題解決だと思ってしまいました。
しかし今思えばこの時から赤ちゃんは少しずつ成長することが難しくなってきていたのだと思います。
妊娠34週目~36週目まで赤ちゃんは200gずつ大きくなっていました。
しかし私は少しだけ不安に思う点があったのです。
妊娠してから何度もエコー検査を受けてきました。
胎児のどこを図っているのか、何を調べているのか大体分かるようになります。
胎児のエコー検査ではBPD:頭の大きさ(頭蓋骨の外側から反対側の頭蓋骨内側までの長さ)FL:大腿骨の長さ(太もものつけ根から膝までの長さ)
AC:胎児のおなか周りの長さなどを総合して推定体重を計算します。
エコー検査を見ながら、BPD、FL、ACのどれも少し大きく見積もっていないか?と疑問に思うようになったのです。
今までは見えた通りにぴったりと計っていたのに、若干余裕を持たせたかのように大きめに計られている気がしました。
私が心配しないように先生が気を使ってくれているのかな、いやいやそんなことしないか、と心の中はもやもやしていました。
しかし、私は急に怖くなり先生に聞くことが出来ませんでした。
そしてあっという間に正産期へと日にちは移っていきます。
妊娠37週目の検診時、赤ちゃんは2320gでした。
先生からは「もう生産期に入っているので2500gくらいは欲しいんだけどなぁ。少し大きめに見積もっても2320gなので実際はもう少し小さいかもしれない」と言われました。
やっぱり少し大きめに見積もっていたのかと思った私はやっと「何が原因ですか」と聞くことが出来ました。
先生は「何が原因かは今のところ分かりませんが全く大きくなっていないわけではないので、来週また見てみましょう」と言いました。
私の通っていた病院はいつも検診終わりにエコー写真をくれるのです。
しかし、この日のエコー写真はいつものエコー写真とは違っていました。
BPD、FL、AC、推定体重などいずれも記載のないエコー写真でした。
生産期に入ったらそのようなエコー写真になるのか、それとも敢えてそのようなエコー写真をくれたのかは分かりませんでしたが、「いつもと違う」ということがとても不安に感じたことを覚えています。
家に帰るなりすぐに体重が少ない胎児について調べ始めました。
その時初めて「低体重出生児」という言葉を知ります。
未熟児で調べたのですが、それはかつての呼び名であることも初めて知りました。
調べたところ低体重出生児は母側の原因(高血圧、妊娠糖尿病など)と胎児側の原因(胎盤機能不全など)があることを知りました。
高血圧でも妊娠糖尿病でもなかった私はどれも当てはまらず、私にしてあげられるのは規則正しい生活をするくらいかと考えました。
これといった解決法がないことにもどかしさを感じつつ次の検診までの1週間、とにかく食事をきちんと取ることを心がけました。
毎日体重が増えればいいなと体重計に乗り体重を確認していました。
そして私自身の体重が2キロ弱増加したことにとても喜んで、これで大丈夫に違いないなんて考えていたのです。
そして妊娠38週の検診を迎えます。
私自身の体重が増加しているので赤ちゃんの体重も少しは増えているはずと自信満々に挑んだ結果、赤ちゃんの体重は2220g。
前回より少なくなっていました。
いつものエコーの際には見たことのない赤や青の色ありの映像を確認している先生を見て、何事だろうと思いました。
後で調べてみると心臓の血流を検査するエコーだったようです。
エコー検査を終えた後、「ノンストレステストをしてみましょう」と先生から提案されました。
20分くらいでしょうか、専用の器具をお腹につけてじっとしておくという検査です。
お腹の張りや赤ちゃんの心拍数などを見るテストとのことで、ドキドキしながら20分を過ごしました。
ただただじっとしておく検査だったので、その間に悶々と考えてしまいます。
なんで大きくなっていないのだろう、赤ちゃんはお腹が空いていないかな?私の体重がただ増えていただけだったなんでショックすぎる、さっきの色ありのエコーは何だったの?等々たくさん考えました。
そして検査が終わり先生から「入院しましょう」との一言。
デスクの上には同意書や何枚もの説明文が用意されていました。
「検査の結果赤ちゃんは元気です。しかし、体重が増えていないことは良くないことです。これ以上お腹にいても成長できないのであれば早く出してあげるべきなので入院しましょう、明後日はいかがでしょう?」と言われたのです。
また先生からは「産まれてきた赤ちゃんが2000g~2500gの場合は小児科へ、もし2000g以下であればNICUのある施設へと行くことになります」と言われました。
総合病院で小児科はあるので2000g以上なら同じ病院で入院できるが、NICUはなかったので2000g以下の場合は赤ちゃんだけ違う病院に送られてしまうとの説明をされたのを覚えています。
そこからは正直不安で先生の話が頭に入ってきませんでした。
言われるがままに誘発分娩、入院の同意書にサインをしました。
その後助産師さんと話をして、だんだん落ち着いてきた私は明後日入院という事実にだんだん焦ってきます。
初産だし予定日より絶対遅くなると思っていたのでまさか明後日産むことになるなんてどうしようと。
しかも産まれてきた赤ちゃんが2000g以下だったら、いきなり離れ離れになってしまうと悲しくなりました。
家に帰る途中、電車の中で家族に入院になることをLINEしました。
家族も私と同じく予定日を過ぎると思っていたようで、明後日産まれることに驚いていました。
そして家に帰るなり低出生体重児や誘発分娩ついてネットで調べました。
低出生体重児は発達に遅れが出る可能性がある、産まれてすぐに病気にかかりやすい、大人になって生活習慣病にかかりやすい等々悪いことばかり書かれていました。
本当か嘘かも分からない情報にただ不安になりました。
「今もお腹を空かせてるんだとしたら本当に可哀そうだな、お腹の中で大きくなれなかったせいで将来病気になっちゃったらごめんね。」と話しかけながら涙が出てきました。
しかし、不安な気持ちを周りのみんなが和らげてくれました。家族や友人からも電話やLINEがたくさんありました。
旦那さんは「不安に思うのは分かるけど調べても良いことは出てこないから調べないほうが良いよ、赤ちゃんだって心配しちゃうよ、俺らの子だから元気に産まれてきてくれるよ」と励ましてくれました。
みんなの支えがなかったら入院までの2日間私はきっと寝られなかったと思います。
そして3月22日入院、子宮収縮薬を飲み陣痛を促しました。
しかし中々産まれてこず、翌日メトロイリンテル、いわゆるバルーンを入れたことで陣痛が進み3月23日に無事息子が誕生しました。
産まれてすぐ大きく産声を上げてくれたことがとても嬉しかったです。
出産の際は先生と看護師さん2名で対応して下さっていました。
しかし産まれた瞬間から産婦人科、小児科どちらのスタッフも増え、周りがバタバタし始めました。
体重が2000g以下だったのだろうかと不安になりましたが体重は2194gでNICUに行くことなく小児科へすぐに運ばれました。
「チアノーゼもなく元気な状態ですが検査のために小児科に運びました」と説明もあったのでとりあえず元気な状態ということに安心しました。
切開した会陰を縫われている際に先生と看護師さんの会話から臍帯がねじれていたと聞こえました。
どうやら栄養が赤ちゃんへ行き届かなかったのは臍帯のねじれが原因だったようです。
後処置を終えて病室に戻りようやくほっと一息つき眠ろうとしました。
しかし病室のカーテンがガラッと開けられました。
低出生体重児の子育てはこの日から始まるのです。

第2章 低体重出生児の子育て

ガラッと開いたカーテンのほうを見ると「起きていらっしゃいますか?」と小児科の先生が立っていました。
時刻は0時でした。もう遅い時間なのにわざわざ来るということは何かあったのだろうかと内心ドキドキしていました。
「説明したいことがあります」と先生が何枚もの書類を広げ始めました。
相部屋でしたので小さな声でひそひそと説明が始まります。

先生は「息子さんは出生週数が39週を超えていましたが体重が2194gしかなく、かなり小さい子に入ります。低体重出生児は低血糖、黄疸、呼吸障害、哺乳不良などが起きるリスクが通常の子供より高くなりますので注意深く経過を見ていかないといけません」とお話しされました。
書面には体重の基準となる-2SD~2SDの間に通常の子供の95%が入るのに対して、私の息子は-2SDより値が低く、同じ週数の子中だと軽い子の2.5%に入るとも書かれていました。
また「少なくとも現時点では元気ですので一緒に見守っていきましょう」とも書かれており、その「少なくとも、現時点では」と念を押されているところに不安を感じました。
また、「赤ちゃんは出生後に体の仕組みを変えながら外の世界に対応していくので、その時に上手く対応が出来なかったり、今後分かりにくかった異常が見つかることもあります」とも説明を受けました。

このような説明を出産4時間後に受けました。
中々心配になってしまう子育ての幕開けだとは思いませんか?
ではまずは産まれてから退院までの低体重出生児について大変だったことをお話ししましょう。

一つ目は「ビリルビンの値が高いこと」です。
ビリルビンの数値が高いと黄疸になりやすいそうです。
息子は産まれてすぐに血液検査をしました。
低体重出生児は黄疸になりやすいと説明を受けたばかりでしたので、息子は大丈夫だったかな?と思いながら検査結果を見ました。
先生からは「通常よりも数値が高いです、息子さんは体が小さいので血液の濃度も高くビリルビンの数値も高くなります。明日もう一度検査をしますので」と説明をされました。
いきなり検査に引っかかってしまった驚きに加えて、息子の白目が黄色味がかっていていることに気づきます。
それもビリルビンの値が高いことが原因でした。
翌日の血液検査の結果は初日よりは良いものの、それでも数値は高いままでした。
ビリルビンは便と一緒に排出されるとのことでしたので毎日便がちゃんと出ますようにと思っていました。
ビリルビンの数値が一定の数値を超すと光線療法の対象になると言われていたので心配をしましたが、退院までの間少しずつ、少しずつ数値は落ち着いていきました。

大変だったこと2つ目は「授乳」です。
息子は最初の3日間保育器の中で過ごしていました。
ミルクを上げる際には保育器に手を入れて、息子の体を支えてミルクをあげていました。
これが中々慣れなくて難しかったです。
抱っこをしてミルクをあげたいなぁと他のお母さんが少し羨ましく感じた3日間でした。
息子はミルクを飲むことが少し難しいようで10ml飲むのに30分くらい時間をかけていました。
また、吐き戻すこともしばしばあり「次の授乳は1回スキップしましょう」と看護師さんから言われることも多々ありました。
先生から説明のあった「哺乳不良」という単語が頭をよぎっていました。
しかしその後保育器を出て母乳も飲めるようになりました。
一生懸命に飲む姿がとても可愛くて嬉しかったのを覚えています。
ですが母乳+ミルクになり更に授乳に時間がかかりました。
息子は体が小さいので口も普通の赤ちゃんより小さく、おっぱいを咥えることがとても大変そうでした。
母乳の後にミルクをあげるという流れでしたが大体1時間くらいかかっていました。
周りのお母さんたちが30分くらいで授乳を終える中、私たちはいつも居残り組です。
看護師さんも授乳のアドバイスをくれたり、ニップルを貸してくださったりしていました。
授乳は3時間おきとよく言いますが結局1時間は授乳にかかり、息子が眠りにつくまで15分から30分かかったので、体感的には1時間半置きに授乳タイムが来るという感覚でした。
授乳は本当に寝不足との闘いでした。

大変だったこと3つ目はなんといっても「体重」です。
看護師さんから退院のめどについて話がありました。
通常であれば産後5日程度で退院ですよね。
しかし私の息子の場合は体重が2300gまで増えないと退院出来ないとのことでした。
それを聞いた私はあと100gくらい増えたら退院出来るのかと一瞬喜びました。
2500gにならないと退院できないかなと考えていたので、意外と早く退院出来るかもなんて考えていました。
しかしこれは大きな間違いでした。
新生児期の赤ちゃんにとっての100gは本当に大きなものだったのです。
私と息子の入院していた病院では沐浴は看護師さんがして下さっており、その際に体重を計ってもらえます。
赤ちゃんは産まれて最初の3日くらいは体重が減少するのが普通です。
しかし息子は5日目になっても元の体重よりも少ない2130gでした。
息子はミルクを飲むことが大変そうだったので中々体重は増えませんでした。
そんな中、看護師さんから「お母さんは退院で、息子さんの退院までは日中病院に通ってもらうのが普通だけど、コロナの影響で退院後は新生児室に入ることは出来なくなるのよ。つまり息子さんが2300gにならないと会うことは出来ないの。息子さんと一緒にいたいということであれば、お母さんは付き添い入院が必要になるね。」と言われました。
息子と会えないのは嫌だなと思い付き添い入院をすることに決めました。
コロナ渦で家族との面会も出来ませんし、いつ退院出来るか分からないというのは精神的にきついものがありました。
しかし、入院7日目くらいでようやく2240gになり産まれた時の体重から増えることが出来ました。
その後息子の体重は少しずつ増え、結果12日間の入院で退院が決まりました。

ここからは退院してからの低体重出生時の子育てについてお話します。

まず最初に大変だったことは「オムツ」です。
入院する前にある程度産後に必要そうなものは揃えていました。
しかし、低体重出生児だと知る前に揃えてしまっていたので、オムツはSサイズしか用意していませんでした。(もし知っていたとしてもSより小さいオムツがあるという概念がありませんでした)
病院では「3Sのサイズ」を渡されていたので私は退院前に家族に電話で「オムツが3Sのサイズだから、ごめんけど買っておいてほしい」とお願いしました。
しかし3Sサイズはそもそも需要があまりありません。
そのため薬局でも置いていないところが多かったのです。
私はそのことを知りませんでした。
もちろん家族も知る由もなく、旦那も私の両親も色々な薬局を訪ねたそうです。
結局電話で問い合わせし、やっと3Sのオムツを手に入れたと言っていました。
手に入りにくいオムツだったので家族が出かけるたびに3Sのオムツを見つけ、買ってきてくれるようになりました。
在庫は十分にあるなと安心していましたが赤ちゃんの成長は意外にも早く、1か月後にはSサイズになったのです。
今も家には使えなかった3Sサイズのオムツが大量に余っています。
友人にあげようにも需要がないのです。
現在進行形で困っています。

そして退院しても気がかりなのはやはり「体重」と「授乳」でした。
母子手帳を見ても息子の体重は成長曲線の下のラインぎりぎりです。
小さく産まれた子用の成長曲線のページもあるのですが、そちらは1500g未満の赤ちゃん用です。
つまり低体重出生児の私の息子にちょうど良く当てはまるページはありませんでした。
退院したら看護師さんはいないし、何を目安に体重管理をすればいいのだろう?と悩みました。
母乳を与えてみるものの、本当に飲めているのだろうか?と疑問に思う日々。
息子は口が小さく吸う力が弱いのでやはり母乳を飲むことが難しそうでした。
退院前看護師さんからはとにかく吸わせて、練習をしていけば上手に飲めるようになるからと言われていました。
私はアドバイスの通りとにかく吸わせてみることにしていました。
また、足すミルクの量も悩みどころではありました。
ミルク缶の蓋に目安が書いてあるのですが、生後0~1か月体重3.1キロの場合は1回あたり80mlと書いてあります。
スタートの標準体重に1kgも達していない私の息子のような場合は何mlあげるべきなの?
完全ミルクというわけではなく母乳+ミルクなので、尚更わけが分からなくなりました。
結局ミルクは60ml作って飲めるだけ飲んでもらうという方法に落ち着きました。
知り合いから飲んだミルクの量が分かる赤ちゃん用の体重計を買えばいいと勧められたこともあります。
確かにそちらを買えばよかったのですが、それを買うと毎日、毎回授乳ごとに体重を計って一喜一憂してしまいそうなので買いませんでした。
そして1か月検診時、意外にも息子の体重は3156gで約1000g大きくなっていました。
先生も「よく頑張ったね」と息子を褒めてくれていました。
3156gでも成長曲線の下ラインであることは変わりありませんでしたが、前より順調に増えているということが重要でした。
その後も体重に関しては順調に増え、4か月検診時には6620gにまで成長しました。
そこで成長曲線の真ん中あたりになりました。
このあたりでやっと体重をあまり気にしなくなりました。
そして現在8200gあり、すくすく大きくなっています。

「体重」が気にならなくなったころ「授乳」に関してはまだ悩んでいました。
「吸う練習をすれば上手に吸えるようになる」というアドバイス通り毎回吸わせていましたが、吸う力が弱く思うように吸えない息子は授乳のたびに泣いてしまうようになりました。
吸う力が弱いので産まれてからずっと哺乳瓶でミルクを足していました。
その為、母乳よりも哺乳瓶のほうが飲みやすかったのでしょう。
吸う練習を4か月してみた結果、ついに母乳拒否になりました。
体重を増やさないといけないのに、免疫をたくさんつけてほしいのに、母乳を飲んでくれない事にとても悩みました。
ただ母乳を飲まないとあればミルクをあげるしかないと生後4か月半にして完全ミルクに切り替えました。
産む前は母乳育児にこだわるつもりはゼロでした。
しかし産んでみて母乳を飲む赤ちゃんが可愛くて母乳で育てたいなと思うようになっていたのです。
完全ミルクに切り替えることが本当はすごく悲しかったです。
しかし低体重出生児にとって一番の課題はたくさん栄養をとって体力をつけることですので仕方がありませんでした。

そして驚いたことが「おへそ」です。
息子のへその緒がとれてからしばらくして「おへそ」が気になってきました。
それはなぜかと言いますと「出べそ」だったからです。
私も旦那も出べそではないのにおかしいなぁと思っていました。
気になって小児科の先生に聞くと、体重が小さく産まれた子は出べそになりやすいと説明されました。
普通の赤ちゃんより泣くときに力を入れて泣くのでおへそが押し出されて出てきてしまうのだそうです。
しかし、1歳までにほとんどの子が治るとのことでした。
実際私の息子も生後4か月ごろにはおへそは引っ込みました。

また私には低体重出生児の子育てで悩んでいたことがもう1つありました。
それは「周りの反応」です。
産まれた時の身長は48cmで他の子と大差はありませんでしたが、体重は2194gで小さかった息子。
やはり手足などとても細いのです。
たまたま通りがかった人からは「まぁ小さいね」と言われることはよくありました。
しかし、ついでに一言「栄養足りてないんじゃないの?」なんて言う人もいるのです。
栄養は今とっていますので放っておいてと言いたいところですがぐっと我慢をしていました。

そして低体重出生児は他の赤ちゃんより体力がありません。
体力がないため泣くのも大変なのです。
そのためお腹が空いた時などしか泣きませんでした。
静かな息子を見て多く言われる一言が「手がかからなくていいね」です。
きっとその一言を言った人に悪気は全くありませんし思ったことを述べたまでなのだろうと思います。
自分の子育てと比較しているのかもしれませんね。
しかし静かと手がかからないは必ずしもイコールではないのです。
体力がないから泣けないのです。
本当は元気に泣いてほしいと私も思っていました。
オムツで泣いていいし、寝られなくて泣くのでもいい、泣き声を聞ける方が私は安心できます。
そして手はかかっているのです。
産まれた時からイレギュラーな心配ごとに悩んでいましたし、授乳に関しては通常の倍の時間の手をかけているのです。
思うところはたくさんありますが口には出来ませんでした。
その人に説明しようと思ったら低体重出生児について1から説明をしないといけなくなりますからね。

以上が低体重出生児を産んで育てていく中で大変だったことになります。
産まれて大体5か月くらいまで、育児書にも書かれていない低体重出生児の子育てに奮闘していました。
ネットにも低体重出生児とは何ぞやというところまでは書かれているのですが、肝心なその後の子育てについては書かれていないのです。
現在体重も標準になり前より不安はなくなったところです。
しかしこれから先、息子が成長していく中で何か異変があるかもしれませんので注意深く子育てをしていこうと思っています。
もちろん何事もなく成長してくれることが一番の願いです。

第3章 低体重出生児の子育てをこれからする人へ

第1章、2章で私が経験してきた低体重出生児の子育てについてお話しました。
いかがでしたでしょうか。
大変なことばかりに見えてしまいましたか?
しかし低体重出生児の子育ては大変なことばかりではないのです。
第3章では低体重出生児を産み、これから子育てをする人へ私なりのアドバイスをしようと思います。

まず新生児室で低体重出生児の赤ちゃんを隣の赤ちゃんと比べて落ち込んでいませんか?
低体重出生児が可哀そうだと思いますか?
もしそう思っているのであればそれは間違いです。
低体重出生児の赤ちゃんは可哀そうではありません。
他の赤ちゃんと一緒で産まれてこられてとても幸せなはずです。
大好きなパパやママに会うことが出来たのですから。

小さな手に、小さな指に、痩せたお腹に、痩せた足。
2500g以下の赤ちゃんは普通で考えるとまだお腹の中で成長している段階ですよね。
他のお母さんは2500gまでの赤ちゃんをエコーでしか見られなかったでしょう。
しかし私は外の世界で見られるはずのなかった赤ちゃんを見ることが出来たと考えることにしました。
エコーでの赤ちゃんは表情など分かりにくいですが、私はしっかり見ることが出来る、そう思うとちょっとラッキーな気持ちにもなれました。
とはいえ赤ちゃんの体重が中々増えないと不安です、とても不安です。
しかし少しずつ少しずつ成長してふっくらしていく息子を見てとても感動したのも本当です。
こんなにも赤ちゃんの体重で感動できたのも低体重出生児ならではな気がします。

また、低体重出生児は体重が少ないので泣くのも一苦労であるという話をしましたが、それでもお腹が空いたと泣いてくれます。
赤ちゃんが泣いてくれることがこんなに嬉しいことだと知れたのは低体重出生児だったからこそだと私は思うのです。
もし低体重出生児でなく、体力のある赤ちゃんでガンガンに泣くタイプの赤ちゃんだったとしましょう。
そうなると毎回「泣かないで~泣き止んで~」と困っていたかもしれません。
しかし、元気に泣いてくれることを心待ちにしていた私は「赤ちゃんが泣いてる、元気に泣くことが出来てる、嬉しい」という気持ちになれました。
息子の声が聞けることがとても嬉しかったのです。
新生児期の授乳回数はとてもしんどいですが、この泣き声があるから頑張れました。
元気に泣いてお腹が空いたと教えてくれることが私の元気の源でした。
ちなみに私の旦那は現在も夜泣きの対応時「泣いてくれてありがとう、声が聞けた」と言っています。

私は大変でも息子が生きて産まれてきてくれて本当によかったと思っています。
そして改めてこれから低体重出生児の子育てをしていく人へいくつかアドバイスが出来たらと思います。

まず1つ目は「ネット検索」についてです。
「ネット検索」はほどほどにすることをお勧めします。
私は低体重出生児について死ぬほど検索を重ねました。
妊娠しているときから現在まで何度も検索をしています。
しかし、検索を続けて気づいたことがあるのです。
それは検索をしても私を安心させてくれることは何一つ書かれていないということです。
低体重出生児と調べると、一緒に病気の名前や様々な症状がつらつらと出てきました。
呼吸障害や発達障害など本当かどうかも分からないことが目に入ります。
これも当てはまるかもしれない。あれも当てはまるかもしれないと不安が増します。
例え、「一概にすべての低体重出生児に当てはまるとは限りませんので心配をしすぎないことが大切」と書かれていても悪い方向にばかり考えてしまうのです。
私はネット検索で「低体重出生児はその後元気に育ちます」という情報を得たいと思っていましたが、逆に自分の首を絞めているような状態になってしまいました。
それなのでこれから低体重出生児の子育てをする人にはそのようになって欲しくはありません。
「ネット検索」では不安は何一つ消えません。
それよりもその時間を大切な赤ちゃんと過ごす時間に使ってあげてください。

2つめ目は低体重出生児についての「説明」についてです。
頼れる家族にきちんと説明をしておくことが大切です。
病院で低体重出生児についての説明を受けるのはパパやママですよね。
場合によってはママだけかもしれません。
そこで病院の先生からの説明をよく聞いてください。
覚えきれなければメモ等を取ってもいいと思います。
その場で全部覚えきれるほどの情報量ではないからです。
私も低体重出生児についての説明を受けましたが産後間もなく長い説明をされても中々頭に入ってきませんでした。
何より心配だということだけで頭がいっぱいになってしまいます。
病院側が低体重出生児について書面にまとめてくれることもありますので聞いてみましょう。
正確な情報を知っておかないと後から大変な思いをするのはパパママです。
子育てをするときに頼りにしたいのは自身のご家族ではないでしょうか。
特に自分の親は子育ての先輩ですし頼りになりますよね。
しかし、低体重出生児についてはご両親も初めて聞く言葉かと思います。
今までは未熟児と呼ばれていたからです。
産まれた後に説明をしないと、小さな赤ちゃんを見て不安に思ったご両親は色々な心配を始めてしまいます。
人間にとって知らないことはとても怖いことだからです。
「この子はとても細い、生きていけるのだろうか」「泣かないけれども体調が悪いのではないだろうか」
きっとご両親はパパやママに大丈夫かどうかの確認をしたがると思います。
私と旦那の両親もそうでした。
しかし、はっきりと大丈夫かどうかなんて誰にも分かりません。
そのような質問を受けるとパパやママも逆に不安に思ってきてしまうのです。
そうなる前に、産まれた後出来るだけ早くきちんとした説明をしましょう。
パパやママが思ったことを混ぜて話すのではなく、病院で得た知識を正確に伝えるという形がベストです。
「低体重出生児は低血糖、黄疸、呼吸障害、哺乳不良などが起きるリスクが通常の子供より高くなりますので注意深く経過を見ていかないといけない」「低体重出生児は体重が少ないためあまり泣かないが体重が増えれば泣けるようになる」と病院で聞いたことを伝えましょう。
その説明をきちんと最初にするかしないかで大分対応が変わってくると思います。
低体重出生児について理解している人が身近に増えるだけで子育てはとても楽になります。
ぜひ、頼りたい人には低体重出生児についての「説明」をしてあげてください。

そして3つ目は焦らずゆっくり子育てしたい方にはお勧めします。
産まれた体重から計算して「仮の誕生日」を作ることです。
もちろん本当の誕生日が1番大事です。
しかし成長を見るという点で私がしたことは「仮の誕生日」を作ることでした。
例えば私の息子は産まれた時の体重が2194gです。
2194gといえば大体妊娠35週くらいの胎児の平均体重です。
そのため約1か月程度体重の増加が遅れたとみなします。
それなので本当の誕生日の3月23日から1か月ずらした4月23日を仮の誕生日としました。
この子は4月23日生まれだと思うと、3月23~4月22日までは産まれてくる平均体重に追いつけたらいいかなぁという期間になります。
その後も4月後半生まれの子と同じくらいの成長速度だと思うと子育てがスムーズでした。
同じ3月生まれの子と比べて、追いつかなくては、あれも出来ないこれも出来ないと焦るよりもこの考えの方がゆったりと子育てが出来ました。

これから低体重出生児を育てる人へのアドバイスは以上となります。
もっとたくさんアドバイスができればいいのですが、何せ私も低体重出生児を子育て中です。
まだ息子と出会って8か月なので、8か月分しかお話しできることがありません。
日々模索しながらの子育てです。
しかし、たった8か月ですが子育てをしてみて思うのは自分の息子が可愛いということです。
親バカですが息子が笑ってくれるだけでとても幸せな気持ちになります
低体重出生児の子育てと考えると不安に駆られますけども、自分の可愛い赤ちゃんの子育てだと思うとイレギュラーでもなんでも大丈夫な気がしてきませんか?
低体重出生児は大変ですがその分感動もたくさんあります。
どうかこの先、低体重出生児の子育てを始める人が不安で押しつぶされることのないように、幸せな子育てが出来ますようにと願っています。
一緒に子育てを頑張ってみましょう。

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