2021年10月20日
子育て
私がシングルマザーとなったのは、2021年9月です。
離婚する直前は別居の経験もし、養育費などの話し合いもしました。
しかし別居したのは、離婚する2ヶ月前の2021年7月からです。
それまでは仲睦まじく、夫婦仲良く過ごしていました。
旦那と出会ったのは高校生の時で、高校2年生の時から交際し、約4年間の交際を経て結婚へと至りました。
旦那は彼氏である時から、私の隣から離れたくない、一緒に行動したいというような人でした。
旦那は男友達も少なく、私と遊ぶことの方が断然多かったです。
そんな私たちは結婚して間もなく、子供を出産しました。
子供はもうすぐで1歳、夜泣きもなく手がかからない子です。
子供を寝かしつけた後は、夫婦の2人の時間を大切にすることが日課でした。
旦那の趣味がゲームとサッカー観戦だったので、2人でゲームをするか、サッカー観戦をして過ごしていることが多かったです。
正直私はサッカーに興味はありませんでしたが、子供を寝かしつけた後の旦那と過ごす時間はかけがえのないものでした。
結婚してまだ1年しか経っていない新婚夫婦ということもあり、ご近所さんから見ても円満な家庭だと思っていたと思います。
私も旦那も幸せだと感じていたはずです。
そんな夫婦が離婚をするだなんて、私と旦那のことを知る友人も想像できなかったことでしょう…。
ちなみに旦那は、子供のことが大好きです。
自分でも「俺は保育士になれたらなってた」と豪語していたほどです。
しかしたまに子供の面倒よりも、スマホゲームを優先している様子を多々見かけるようにもなりました。
その時は、「仕事のストレスをゲームで発散しているのだ」と口を出さずにいました。
明らかに夫婦仲に雲がかかり始めたきっかけは、私の妊娠が発覚し、つわりが始まった頃からです。
妊娠によるつわり、上の子の世話で、私は心身ともに不安定でした。
体調が優れない日の方が多かったので、キッチンに立つのも正直辛かったです。
そのため旦那の夕食を準備することすらできませんでした。
第一子を妊娠していた頃も、同じようにつわりの症状も重く、入院するほど重症でした。
私は旦那ならわかってくれると思い、お腹の子のためにも「無理はしないでおこう」と甘えていたのかもしれません。
気分が悪すぎたので、上の子のお風呂も旦那にお願いしていました。
もちろん体調が少しでも優れている日は、家事全般と仕事を少々していました。
しかしある日、旦那の帰りが極端に遅くなり始めました。
浮気などではなく、仕事であることは十分にわかっていたものの、「もう少し早く帰ってこれないの?」と言ってしまいました。
朝5:00から夜19:00まで帰ってこない日もあったので、私の心身が持たないと思いました。
しかしこの言葉を発したことが、離婚へと直接繋がったのです。
仕事が遅い件について、旦那は「社会はそんなに甘くない」というばかり。
私もわかっていたものの、家で仕事をしている私を侮辱しているようにも聞こえてしまいました。
旦那は生き物を相手にする仕事をしていたこともあり、融通が効かない仕事だということを言いたかったのでしょう。
それでも私は、1回不穏になった夫婦関係を取り戻さねばと、旦那の機嫌を取ることに努めました。
今思えば、旦那の機嫌を取るために、部屋をきれいにしたり、家事を徹底してたりしてたのかもしれません。
それでも毎日仕事からは遅く帰ってき、私の体調は悪化するばかり。
私はもともと高校生の時にうつ病を発症しており、久しぶりにうつ病が再発症しました。
うつ病を再発症し、旦那の態度はより悪くなりました。
私にも原因はありますが、「うつ病の私と一緒にいることが嫌になった」と。
うつ病になった本人は、もちろんうつ病になりたくてなったわけではありません。
実際に精神科にも通っていたため、妊婦でも飲める薬があるとのことだったので、よくなるはずと信じて日々を過ごしていました。
しかし今回のうつ病の原因は、旦那の帰りが遅いことだったので、なかなか改善されずにいました。
つわりの辛さと、うつ病の辛さが重なり、私は心身ともにボロボロになっていきました。
つわりで辛くても、うつ病でなかなか気分が乗らなくても、上の子の世話をしないわけにはいきません。
旦那が帰ってくるのは、夕方か夜。
そんな時間帯には私の体力も残っておらず、旦那はそんな私を見て「何もしていない」と思っていたとのこと。
私も申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、流石に聞き捨てなりませんでした。
私は思い切って、「仕事を変えてみようとは思わない?」と提案する形で聞いてみました。
給料も減る覚悟で聞いてみたのですが、旦那からの返事は「辞めるとか考えられない」と一点張り。
気持ちはとてもわかります。
せっかく積んできたキャリアがあること、この先出世するかもしれない可能性があることなど、仕事上でのメリットはたくさんあります。
しかしそれ以上に、「家庭を大切にして欲しい」という想いがあり、旦那の口からも家庭を優先する一言を聞きたかったということもありました。
それも叶わず、旦那の意思は変わらずじまい…。
ここまで話すと、離婚をした原因は旦那の帰りが遅いことだから、「私から離婚を告げたのでは?」と思う方も多いはず。
しかし実際、私は仕事をしていたものの、個人事業主として在宅で働いていたので、ほとんど収入はありませんでした。
1歳になる子供もおり、妊娠中であったため、なかなか旦那と離婚することは考えられませんでした。
私自身が父子家庭で育ったため、子供のためにもまずは両親が仲睦まじくいることが大切と思っていました。
不満はあったものの、私自身は離婚したくない気持ちしかなかったのが事実です。
夫婦仲に亀裂が入ってから別居するまでは、それほど時間はかかりませんでした。
旦那が仕事から帰ってき、いつも通りその日に何があったのかを話していると、旦那の様子が少し暗い感じがしました。
どうしたのか聞くと、「1人になりたい。1人になって確かめたいことがある」と。
私は反論してしまっては何も変わらないと思い、その日のうちに別居することを決めました。
自宅から実家までは車で5分ほどだったので、移動にはそんなに苦労しませんでした。
旦那は子供の面倒も見る気がなさそうだったので、子供は私が実家に連れていきました。
そこから楽しい夫婦生活から、別居生活へと一変したのです。
私は1歳になったばかりの娘を連れて、旦那の元から家出し、別居生活が始まりました。
私の家族構成では旦那を除き、父親と高校生の弟がいます。
実家での別居生活は、私はうつ症状が出ることなく、父親も弟も私の娘を可愛がってくれていました。
正直いうと、旦那との3人家族での生活よりも気が楽で、時間に追われるような焦る気持ちもなく、過ごしやすかったです。
しかし旦那は1人で持ち家に住んでいることが心残りではあったので、気が気ではなかったことも正直ありました。
別居生活を続けること2週間が経過し、旦那の気持ちを直接聞こうと思い、私は旦那との話し合いを申し出ました。
別居したばかりの旦那は、「別居期間は1ヶ月もかからない。帰ってきて欲しい時は帰ってきて欲しいって言う」と言っていました。
その言葉を聞いていたということもあり、私は別居して2週間経った今、「戻ってきて欲しい」という言葉が返ってくるのだろうと思っていました。
子供が寝静まり、22時頃に実家の駐車場まで旦那が車で来てくれ、車内で話し合うことになりました。
私が旦那の今の気持ちを聞いたところ、旦那からはこういう言葉が返ってきました。
「離婚したい」と。
私は耳を疑い、何度聞き返しても「離婚したい。もう帰ってきてほしくない」としか返ってきませんでした。
その時私は仕事をしていたとはいえ、つわりんどの体調不良でほぼ専業主婦でした。
「どうやって子供を養っていけばいいのか」
「お腹の中の子はどうやって育てたらいいのか」
不安な気持ちが一気に広がり、その時の私は号泣するのみでした。
何とかして離婚をすることを諦めてもらおうと、とにかく私は謝ることに。
このように旦那から離婚を切り出されたわけですが、それからさらに2週間が経過した頃でした。
この2週間私は本当に離婚を承諾すべきか、それか他にも解決策があるのではと考える毎日でした。
しかし意外にも私の中で離婚をする決心はついており、これからシングルマザーとしてどうやっていこうかとばかり考えるように。
それと同時に旦那への怒りや呆れの方が大きくなり、いっそのことこっちから離婚したいとも思うようになりました。
私が離婚を決意したきっかけは、何度も重ねた旦那との話し合いの中にありました。
旦那との話し合いの中で、離婚をするとして子供はどうするのかを話し合っている時、旦那の口から「(娘のことを)可愛いと思っていない」との言葉が出てきました。
それまで私は離婚に反対でしたが、この言葉を聞いた途端に心の中の何かがプチンと切れたような感覚を感じました。
私自身のことはともかく、子供のことまで見捨てるような人とは思っていなかったので、それをきっかけに離婚を決意しました。
結局旦那から離婚を切り出したものの、私の方も離婚をしたいという気持ちに変わっていたので、離婚を決めてからは事の進みが早かったです。
まず私が1歳の娘とお腹の中にいる子を育てるということを踏まえ、養育費や面会などの取り決めも行いました。
私は大ごとにしたくはなかったので、旦那がどのような気持ちであるかによって、裁判は避けようと思っていました。
旦那は養育費を支払う気はあるようだったので、公正証書の作成のみを行うことにしました。
私から払って欲しい金額を言うのではなく、旦那がどれぐらい支払う気があるのかを知りたかったので、旦那に養育費の金額を聞くと「月々1人2万円」とのことでした。
給料の関係で相場が2万円〜4万円であったので、正直「間をとって3万円でもいいんじゃないのか」と言いましたが、旦那からは「こっちの生活もある」としか言われず…。
結局、自分のことしか考えていないのだと幻滅はしたものの、払ってくれるだけマシかと切り替えることにしました。
その他の慰謝料などは、お互いの性格の不一致が離婚理由として、請求しないことにしました。
私的には手に職がない状態&妊娠中であった私に対して、離婚を求められたことに関する慰謝料を請求したかったことが正直な気持ちです。
子供のためにも自分自身のためにも、貰えるお金はしっかり貰っておくべきだと、プチ反省しています。
面会の件に関しては、旦那の意向を聞いたところ…
「会えるのであれば月1回のペースで会いたい。けど小さい頃は子供自身が自分で判断できないから、親権者が判断して」
とのことでした。
私の心情は、「娘を可愛いと思っていない」との言葉が焼き付いているので、高頻度で会いたいと言うことを知って、意外さに驚きました。
確かに娘が自分で判断できない年齢ではあるので、親権者である私が決めなくてはいけません。
正直子供を見捨てたことがあるような人には合わせたくありませんでしたが、「それが本当に子供のためになるのか」と考えれば考えるほど、迷いが出てきました。
結局私は子供が自己判断できるまでは月1会の面会に承諾することにしました。
ただし私から連絡するのではなく、旦那の方から日程などの連絡をしてくるようにという条件付きで承諾することに。
そうすることで、「旦那が本当に子供に会う気があるのか」、それを確かめることができると思います。
このように養育費と面会についての話に区切りがついたため、公正役場にて公正証書を作成しに行きました。
もちろん旦那の勝手な気持ちで離婚をすることになったので、手数料などの支払いは旦那持ちで。
無事に公正証書を受け取り、そのまま役場で離婚届を提出しました。
ちなみに旦那はそのまま家に帰ったようです。
私は姓が旧姓に戻るので、それらの手続きなどで役場の閉館時間ギリギリまで滞在し、黙々と1つずつ手続きを済ませていきました。
私が離婚をした年齢は21歳、同じく旦那も21歳でした。
今回の離婚を経て私が率直に思ったことは、「旦那には家族を養うことがまだ早かった。若すぎた」のだと。
旦那が離婚をしたい理由の1つとして、「1人になりたい」「友達と遊びたい」とのことでした。
まだ結婚生活1年半、娘も生まれて1年、この期間でそのようなマガママを言われては、同い年である私ですらあり得ないと思い呆れました。
ましてや妊娠中でこれから出産を控えていたこともあり、旦那には深く心を傷つけられたものです。
怒りと呆れが入り混じっている気持ちは、離婚してからもずっとモヤモヤとして残っています。
未だに娘との面会について悩んでいます…。
旦那から離婚したい宣言をされて、離婚をしシングルマザーになったわけですが…。
シングルマザーになった時、私は妊娠5ヶ月でした。
1人目を妊娠した時は、出産直前まで吐いていたほどつわりが長引いていたこともあり、2人目の妊娠の時も出産までつわりが続くのでは…と恐怖心がありました。
しかしその心配も必要がなかったみたいで、シングルマザーになったと同時に、いつの間にかつわりも終わっていました。
私の中では、「離婚したことがつわり解消に繋がったのかな?」とも思っています。
しかしシングルマザーになったはいいものの、当時の私は扶養内でフリーランスで仕事をしていましたが、ひどいつわりで2ヶ月ほど無収入でした。
もちろん旦那の収入があったからこそ、つわり中でも生活できていました。
実家に戻ってきたとはいえ、車のローンや自動車保険、年金などは自分で払っていかなくてはいけない状態…。
とにかく稼がないと生活ができないと、1ヶ月間ほどは毎日焦っていました。
1歳児の子供がいる(保育所も見つかっていない)&妊娠中であることから、パートとして働くことは諦めました。
そこで私はシングルマザーかつフリーランスで、生活できる分だけでも稼ごう!と決意しました。
とはいえ、まずは2ヶ月ほど収入がゼロの状態から、どれだけ稼ぐことができるのかとりあえず未知数でした。
フリーランスでライター業をしているわけですが、今までクラウドソーシングでしか仕事をもらったことがありませんでした。
しかしピンチに立たされたからなのか、苦手なzoomでの面接や会議も積極的に受けるように。
子供は保育園に預けていないため、もちろん面接や会議中には私の横に子供がいる状態です。
子供も私のいうことを聞いてくれる時とそうでない時があるため、自宅での仕事も捗るわけがなく…。
そんなこんなで、とりあえず1ヶ月間頑張ってみた結果、生活できる分だけ稼ぐことができ、とりあえず目標達成!
フリーランスで子供たちを稼ぐためには、初めに安定した収入を稼いでおくことの大切さを思い知りました。
フリーランスにもさまざまな職種がありますが、私の場合はやらなくては収入にならないため、夜更かしすることも多々あります。
子供がいる状態でシングルマザーになった場合と、妊娠している状態でシングルマザーになった場合の2つともを経験した私からしたら、今が山場なのかなとも思います。
2人目が産まれた後の方が大変かもしれませんが、今を乗り越えた強さがあれば、これからの大変なことにも打ち勝てるような気がします。
離婚届を出したと同時に、子供の保育園の申し込みをしました。
無事に保育園を見つけることができ、これから入園予定ではあります。
子供が保育園に入園することで、私が仕事に集中することができる時間が増えると思うと、収入も増えるのかなと思い心待ちにしています。
しかし出産予定日に近づくにつれてお腹のでも激しくなり、パソコンに向かう姿勢でさえ苦痛に感じ始めています。
私にとっての「楽して稼ぐことができない」ということは、こういうことなのかなと思います。
シングルマザー&妊婦である私にとっての課題は、仕事だけではありませんでした。
その課題というのは、「子供の遊び相手」です。
シングルマザーは「マザー」という言葉が入っていますが、母親役も父親役も上手に両立しなくてはいけません。
仕事をしてしっかり稼ぐことと、子供の相手をすることを本来2人で成り立たせるはずですが、ひとり親になった今ではこれらを1人でしなくてはいけません。
1歳の女の子ですが、1歳だからと言ってみくびっては困ります。
我が子の場合は生後10ヶ月から歩き始めて、今では一丁前に走ることを覚えました。
妊婦にとって、この1歳児の相手をすることはフルマラソンを走る並の体力消費が…。
息切れ&めまいの連続ですが、これもひとり親になった試練だと思っています。
子供に関する大変なことといえば、子供を連れての外出です。
コロナ禍であることもありあまり外出はできませんが、妊娠中であるため定期的な妊婦検診は必須です。
時間帯的に子供を預けられる親族もいないため、病院に連れて行くしかありませんでした。
総合病院ということもあり、待ち時間は平均して1時間といったところ。
1歳児が静かに1時間も待てるわけもなく、ぐずったり歩き回ったりすることは日常茶飯事です。
「ひとり親ではなく、夫がいればこんな大変な思いしなくてよかったのかな?」と弱音を吐くことも多々あります。
それと同時に、子供への申し訳なさも出てきて、次第に自分にイライラしてしまうという悪循環…。
妊婦健診に夫婦揃ってきていた方々をみると、なおさら強くそう思ってしまいます。
シングルマザーになりたての方は、よくある話であると聞きますが、離婚するにも心の準備は大切ですね。
現在は実家で住んでおり、私自身が父子家庭ということもあり、父親は寂しさが消えたかのように孫の面倒を見てくれます。
私からすれば、私の父親と子供が遊んでいる様子を見て、励まされている気もします。
「子供の笑顔で頑張れる」という言葉は嘘ではないということを、シングルマザーになって改めて確認できました。
シングルマザーになってさまざまな不利なこともありますが、その中でも小さな幸せを見つけることが大切だと思います。
私的には、子供と遊ぶ時間と仕事をする時間とでメリハリをつけることで、子供としっかり向き合う時間が増えました。
そのため子供の笑顔を間近でみる機会も増え、シングルマザーなったばかりの時は落ち込んでいたのにも関わらず、私自身笑っていることも多々。
妊娠中に離婚を告げられ、1歳児のシングルマザーになった私。
手に職もついていない状態で、生活できるかもわからない状態で路頭に迷っていましたが、どうにかなるものですね。
「今の自分に何ができるのか」から考えることで、少しは冷静になれたのかなとは思います。
とはいえシングルマザーになって、それほど日は経っていないため、これから何が起こるかわかりません。
まだ2人目が生まれていないため、生まれてからの2人の子供育児は未知数です。
私の試練はこれからも続くようです…。
妊娠中にシングルマザーになった私ですが、シングルマザーになってからは苗字を変更するとともに、意外に早く気持ちを切り替えることができました。
私にとって辛かった時期は、離婚するかもとなってから離婚届を提出するまでの期間です。
離婚に関する話し合いは、妊婦である私にとってとても負担に感じており、ただでさえお腹が重たいのに、元旦那の家まで行かなければいけないことも多々…。
私は離婚反対派だったので、余計に心はやられていました。
シングルマザーになることへの不安さ、離婚するために準備しなくてはいけない書類の用意など、疲れることばかり。
そんなこんなで、離婚届の提出まで難なくできたのですが…。
シングルマザーになってからそこまで日にちは経っていませんが、なぜかとても気が楽になりました。
実家での暮らし自体が楽であることもありますが、私にとって気を遣う部分がなくなりました。
元旦那は所詮血のつながりのない他人であることから、私の中では「機嫌取りをしなくちゃ」と毎日せかせかしていました。
元旦那は仕事をし稼いできてくれていることもあり、私としてもなかなか甘えられない時に、第二子の妊娠。
甘えたくても甘えられない状態で、体の疲労はMAXに。
実家は家の近くにはあるものの、「頼りすぎると悪い」と思っていたこともあり、なかなか頼りきれませんでした。
しかしシングルマザーになって、生活が一変しました。
妊娠していることもあるからなのか、父親は娘の相手を積極的にしてくれ、しまいには晩御飯まで用意してくれます。
私にとって体の負担だけではなく、心の負担もなくなりつつありました。
もちろん全てを父親に任せるわけにはいかないため、洗い物や洗濯物はします。
知らぬ間に父親と家事分担をしている状態が、自然と染み付いています。
元旦那との関係性も、こんな感じが良かったのかもしれません。
パートナーと育児と家事を分担しながらの生活するためには、パートナーの仕事事情がうまくいく必要があったのかもとも思います。
シングルマザーになると仕事事情が心配になります。
しかし正直言うと、シングルマザーになってからの方が不思議と稼げています。
フリーライターなので時間があればあるほど稼げますが、シングルマザーになってから稼げているということは、そういうことです。
おそらく「仕事ができる時間が増えた」のだと思います。
私の父親もシングルファザーであるため、私と弟の2人の子供を育てた経験もあります。
そのため子供の扱い方はプロです。
正直私よりも上手で、娘も楽しそうにはしゃぐ毎日です。
娘は保育園行ってないのですが、生活できる分の収入は確保できています。
生活できているのは、実家で住ませてもらっているからでもありますが、父親が娘の面倒を積極的に見てくれるからです。
私としては、娘の面倒をイヤイヤ見るような人に任せるよりも心強いです。
シングルマザーになった私のこれからですが、まずは安産祈願です。
第二子を妊娠中でシングルマザーになったものの、第二子に悪影響がないように日々の生活を送っています。
未婚でシングルマザーになる方も中にはいますが、パートナーがいない中での出産はとても不安だと思います。
しかし困難を乗り越えた先には光が待っていると信じています。
出産は女性にしか体験できないことでもあるため、貴重な体験ができることにありがたみを持って、元気で健康な体で産んであげることが今は1番です。
私のひとり親としての生活はまだスタートしていないのかもしれません。
娘の兄弟である第二子の出産を無事に終えてから、改めてシングルマザーとしての生活が始まるのでしょう。
今では出産に対する不安は消え、やる気でみなぎっている状態です。
また第二子の出産を無事に終えた後は、2人の子供のお母さんとしてたくましく生きていくことが目標です。
シングルマザーになり気が楽なったからなのか、目標まで立てられるようにもなりました。
「シングルマザーだから、好き勝手できない」とイメージされがちですが、果たしてそうなのかなと私は思います。
シングルマザーであるということは、旦那という頼れる大人がいないということです。
だからこそ、子供達を守るためには自分自身が頑張らなくてはと思うのではないでしょうか。
シングルマザーにとっての壁は、「収入」だと思います。
男性の方が多く稼げる世の中ですが、それはキャリアを積んでこそのことと言えます。
女性もキャリアを積むことで、男性並みの収入を得ることができると思います。
私は21歳でシングルマザーになりましたが、これから母親としても女性としても成長し続けられると前向きになれています。
母親としての役割と、父親としての役割は、大人1人でもどうにかなるものだと思います。
私が頑張ろうと思えているわけは、「子供の笑顔がみたい」や「子供と出かけたい場所がある」など、子供がいるからです。
不思議と子供の力は凄まじいもので、うつ病を抱えている私にとってかけがえのない存在です。
子供がいなければ、うつ状態が続いていたんだろうなとも思います。
パートナーを失った私ですが、子供を失わずに良かったと心からそう思っています。
家族を自ら手放した元旦那に対しては、子供の成長を間近で見られないことをかわいそうにも思います。
ひとり親になってからは、余計に子供の成長を早く感じています。
そう思うと、元旦那にとっても月に1回の面会は貴重で大切な時間なのかもしれません。
シングルマザーあるいはシングルファザーは、昔よりも数が増えていると言われています。
自分自身がシングルマザーになるとは思いませんでしたが、いざシングルマザーになってみて思ったことがあります。
それは「シングルマザーって、こんなあっさりなれるんだ」ということです。
なりたくてなるものではないですが、シングルマザーになるまでには人それぞれの都合があることでしょう。
結婚届や出生届を出す時の嬉しい気持ちと、離婚届を出す時の虚しい気持ち。
この2つの気持ちを味わったわけですが、人生波瀾万丈といったところです。
しかしひとり親であることを、どう強みに変えていくのかが「私のこれからの課題」です。
シングルマザーとして子供と生活していますが、「シングルマザー=大変」とイメージしている方が多いと思います。
シングルマザーになる前の私も、同じくそう思っていました。
シングルマザーまたはシングルファザーは、夫婦のようにそれぞれの役目を果たすだけでは成り立ちません。
ひとり親になるということは、母親としての役目と父親としての役目のどちらも努めるということです。
そのため私は離婚届を提出する時、「これから大変な毎日が待っている」とある程度は覚悟していました。
しかしひとり親になった今では、これまでのことを思い返してみると、「今の方が他の人に頼りやすい環境」であると思います。
以前までは「夫婦で子育てをしなければ」という意識が強く、実家に頼りたくても頼らないようにしていました。
なんならシングルマザーになった今の方が、実家に頼りっぱなしです。
もちろん実家にも感謝していますが、思いっきり頼ることで心が少し軽くなった感覚があります。
最初は実家を早く出なくてはと焦っていましたが、私の親もひとり親であるため、このまま3世代で暮らしていくこともありだとは思います。
こうして家族で助け合うということの大切さを、今更ながら実感しています。
結果的に、ひとり親になったからこそ、周りに協力を求めやすくなりました。
例えばですが、「3歳までは保育園に入れない」と勝手に決めつけていましたが、シングルマザーになってすぐに保育園を探し、無事に保育園の入園が決まりました。
私は在宅で仕事をしていますが、子供の面倒を見ながら仕事をするなんて、できないに等しいことを思い知りました。
保育園への入園も決まったことで、「子育てと仕事とのメリハリをつけられる」とメリットだらけだと思っています。
またひとり親ならではの児童扶養手当や、保育料の助成などお金面でも頼れるところがあります。
実家から始まり、今では市役所や保育園にも頼れるようになりました。
自分のためにも、子供のためにも勇気を出して頼ることって大切です。
ここまではシングルマザーになって、気づいたいい面を語ってきましたが、もちろん大変な面もあります。
夫婦関係があっても、子育てに関しての大変さは同じです。
シングルマザーもそうでない方も、子育てが楽という方は少ないと思います。
素直に言えば、子供と接する時間が多いほどイライラする場面もあるし、叱る時だってあります。
子供の面倒をみるということは、命を守ることでもあるため、子育てで疲れることは当たり前だと思います。
先ほどはシングルマザーになったことで、周りに頼りやすくなったと言いましたが、融通がきかない時だってあります。
例えばですが、寝不足であるときなどいつでも面倒を見てくれるような人はいないに等しいです。
私の親も仕事をしているため、頼ることに対して時間が限られています。
「旦那に子供の面倒を任せて、たまには羽を伸ばす」だなんてことはできなくなります。
そこはシングルマザーにとっての大変な面です。
また公園などに子供とお出かけしに行くと、夫婦と子供の家族づれで訪れているファミリーはよく目に入ります。
シングルマザーとして強くいようとする意思は持っているはずですが、心のどこかに「子供への申し訳なさ」があります。
お父さんが子供を肩車している様子を見るだけでも、とても心が痛いです。
妊娠中で思い通りに体が動かないため、なおさら子供への申し訳ない気持ちが…。
早く出産予定日を迎えて、2人の子供に対して精一杯接してあげたいです。
それが私の今の切実な願いでもあります。
シングルマザーでも、妊娠中のシングルマザーとなると、大変な面が増えてくると思います。
しかし妊娠中ならではの大変な面は、いずれ解決することだと割り切っています。
ひとり親世帯は、昔よりも数が増えていると言われています。
中には未婚シングルマザーである人もおり、家庭のあり方は多種多様になってきています。
日本は子育て世代に優しくないとも言われていますが、私は完全にそうとは思いません。
ひとり親世帯しか利用できない補助金制度、手当てなどがあります。
離婚をしたばかりで子供を1人で育てていく人は、これからのことに対して不安な気持ちでいっぱいであることがほとんどでしょう。
私も同じでしたが、そのような不安はいずれ消えていくと思います。
女性であれば、収入に対する不安・自分が大黒柱になるプレッシャーなどがあることが多いと思います。
また男性であれば、子供には母親が必要と言われている世の中で、自分が母親の役目を果たすことができるのかなど思うことでしょう。
ひとり親になることへの不安な気持ちは人それぞれですが、結局親がハッピーでなくてはいけないと思います。
「親の背中を見て子供は育つ」という言葉があるように、親がまず幸せでなくてはいけないと思います。
私自身、小学3年生から母親はいません。
母親に問題があったことは十分に理解していたので、父親についていくことに対して嫌な気持ちなどはありません。
自分自身がひとり親の子であったこともあり、自分がひとり親になることに対してはある程度耐性がついていたのかもしれません。
もちろん母親という存在は欲しかったですが、自分にとって悪影響になるような母親なら、いなくてもどうにかなると小学生ながら思っていました。
しかし私がひとり親になった状況は、私の実体験とは少し異なり、子供に物心が付く前の離婚であることです。
物心がついた頃に、「なぜ父親がいないのか」などと問われるかもしれません。
その時が来るのであれば、私は正直に話をしていきたいと思っています。
元旦那が家族を捨てたことになっていますが、後々子供たちに見捨てられるのは元旦那の方だと私は思っています。
「シングルマザーだから」とか「〇〇ちゃんにはお父さんがいない」なんて言葉が降りかかってくるかもしれません。
しかし私は「かわいそう」という言葉が似合わないぐらい、家族みんなが幸せになれると信じています。
ひとり親になる覚悟は、人それぞれが持っているはずです。
私のように、シングルになった方が自身にとって子供にとっていい環境である場合もあるということを、ひとり親になるかもしれない人々に伝わって欲しいと思います。