イヤイヤ期が深刻化した次女のお話

2022年2月7日

子育て

第一章 第三子の妊娠と誕生の影響

我が家の次女は中間子として生まれました。
二歳差の姉と二歳差の弟に挟まれています。その次女のイヤイヤ期についてお話ししたいと思います。
次女は赤ちゃんの頃はよく寝る子でした。特にハイローチェアが好きで、揺らしているだけで簡単に眠りについていました。眠い時は自ら乗りたがるほどです。夜、お布団で寝る時もずっとつきっきりではなく、むしろ寝る瞬間は私に自ら背を向けて眠りについていたので、気づけば寝ていたという事の方が多かったです。長女は私にべったりでしたので、その分長女の寝かしつけに専念でき助かっていました。
あと離乳食も何でもパクパク食べるし、後追いはありましたがすごく酷かったということでもなく、いわゆる手のかからない子でした。強いて言えば、母乳や哺乳瓶でのミルクを飲むのがとても時間がかかっていました。舌がちょっと変わった形をしていたので、すんなり飲むことができなかったようです。しかし生後6カ月程たった時には、周りの子とそんな変わることなく飲むことができるようになっていましたので、特に問題はなかったです。
次女は両親が遊んであげる時よりも、長女と遊ぶ時の方がよく笑い、喜んでいました。姉が右に動けば右を見て、左に動けば左を見る。首が据わった4カ月の頃からその姉っこはますます発揮していきました。そしてつかまり立ちをしだした頃、にこにこと笑顔を振りまくその姿は、親と祖父母を引き付けとりこにしました。二番目ということもあり、何事も姉というお手本があったので要領が良かったですし、それにこの時期はアイドル的存在になります。何をしても可愛くて、お話しする姿にみな癒され、皆にちやほやされていました。「○○ちゃん」と名前を呼ばれたら「はーい!」と言って手を挙げていた次女。おじいちゃんとおばあちゃんは、その姿がとても可愛かったのでしょう。何度も何度も繰り返し名前を呼び、返事をさせて遊んでいたのをよく覚えています。それは長女がやきもちを焼く程のものでした。次女は、やきもちを焼く長女をしり目に、調子に乗っていたのです。それは自分が中心的存在というのを分かっているかのようにも見えました。姉がいるので何をしたら怒られるのかなども自然と学習していたようで、本当に世渡り上手でした。
その後、弟を妊娠し切迫流産にて安静を強いられたり、つわりが酷かったり出産まで色々と苦労があったため、そのころから次女が以前のように私に甘える機会が自然と減っていきました。いえ、どちらかというと甘えられなかったのかもしれません。これは今となっての結果論であり、もともとそんなに甘える子ではなかったので、その当時は何も深く考えもしませんでした。妊娠周期を重ねていきどんどんお腹が大きくなっていくと、抱っこをするのも一苦労。どちらかというと体重は重めの次女。もちろん抱っこをするのは減っていきました。そして夜寝る時次女は夜中にバタバタと暴れることが多かったので、お腹にかかと落としを受けるのを避けるため夫と寝てもらい、私は長女と寝ていました。
長女は不安が強い子でしたので、療育に通っていました。施設にもよるのですが、長女が通っている施設は親が送迎しなければならなく、週に4日頑張って送迎していました。そして長女の幼稚園の入園準備まで加わると出産前はバタバタと過ごしていて、家事やら子供たちの世話、療育通いで時間は足りないくらいです。
しかも夫は帰りが遅いのでワンオペ状態。こんな生活を繰り返していたので、次女と遊ぶ時間なんてもちろんそんなに作ってあげられませんでした。遊ぶ時間が作れたとしても、それは寝る前とか少しの時間だけ。しかし次女は姉っこ。そして夫が帰宅したら夫へ一直線。ですから私にべったり来なかったので、家事がはかどるし助かるなぁと思っていました。
長女が一歳半の頃保健所で、親の対応によってはイヤイヤ期が軽減することもあると言われたことがあります。実際、長女のイヤイヤ期は軽い方でした。不安が強かったこともあり、話をよく聞いてあげて向き合う時間も多くとっていたのが良かったのかもしれません。その当時子供は長女が一人だけですから、時間はたくさんありました。そのおかげか、イヤイヤ期が辛いと感じたりすることはありませんでした。外出先でよその子がイヤイヤ言っているのを見て大変そうだなぁと、他人事のように見ていたくらいです。友達にもこうしたらいいよとアドバイスをしたりもしていました。
一度うまく乗り越えた経験があったものですから、今回もうまくイヤイヤ期は乗り越えられると思っていたのです。しかし、先ほど記したように次女と向き合う時間はほとんどなく、長女の半分以下だったのではと思います。絵本を読んであげたりおもちゃで遊んだり、話を聞いてあげたりする時間もそこまで作ってあげられませんでした。次女の遊び相手はいつも長女。しかし長女もまだ3、4歳でしたから、おもちゃの取り合いはしょっちゅうで、2人は喧嘩ばかりしていました。それでも姉ちゃんっこなので、怒られても怒られてもいつも後をつけまわしていました。そんな次女なので、私も深く考えずにそのまま過ごしていたのです。
そして次女は二歳のお誕生日を迎えました。その後一カ月もしないうちにすぐ長男も生まれました。入院中私に会えなくて寂しいかな?泣いちゃうのかな?と色々心配もありましたが、心配して損したと思うほど全然泣くこともなく、姉、父親と一緒に公園に行ったりお買い物に行ったり、とても楽しそうにしていました。産後特に問題もなかったので、退院後は実家で夫を除いて娘たちと一緒にお世話になることにしました。次女は大好きな父親と離れるのは少し寂しかったようでちょくちょく泣いていました。パパに会いたいと言ったりもしていました。私と離れるときは泣かなかったのにと、ちょっと寂しく思ったりもしました。(笑)
私が退院をした時の、次女と長男の初対面は今でも忘れることができないくらい印象的でした。次女は長男をじっと見つめピクリとも動きません。2分はあったと思います。表情も硬くじっと見つめていた姿は、長女が二歳の時に生まれたての次女を始めて見た時とは対照的でした。長女は、終始笑顔で次女の事を可愛い可愛いと言って可愛がっていたからです。次女は新しい家族が増えた現実を受け入れるのに時間がかかったのでしょう。次女が感じた本当の気持ちは分かりませんが、今まで自分が中心的存在だったから自分より小さい弟が現れたら、自分はどうなるのだろうと色々と考えていたのかもしれません。
末っ子の弟は、ミルクより母乳をよく飲む子で甘えん坊の泣き虫。肌荒れも酷く三人の中では一番手のかかる子でした。ハイローチェアに置くと大泣きし、抱っこばかりの毎日。寝かしつけも抱っこして、あっちこっち歩き回り寝るまで待ちました。
実家にお世話になっている時は、弟につきっきりで娘二人は祖父母が相手をしてくれていました。娘たちはテレビを観たりおもちゃで遊んだり、おやつを食べたりして自宅にいる時よりも好き勝手過ごしていたと思います。ただ、次女は夜寝るときは私に甘えるようになり姉と私の横を取り合うようになっていました。姉は絶対に私の横を譲ろうとしなかったので、争いはひどくなる一方でした。新生児の弟は、私の横に置かないといけないし、結局は次女が泣き寝入りする羽目に。産後一カ月たったころ、少しずつ次女に変化がありました。

第二章 次女とイヤイヤ期

次女が二歳になってから一カ月もたたない間に長男が生まれ、バタバタと慌ただしい産後一カ月を過ごし我が家に戻ってきました。
そして子供3人のお世話と、長女の療育、家事全般をこなす日々のスタートとなりました。それはあまり手のかからない次女を、後回しにしてしまう生活のスタートでもあったのです。私も分かっていました。次女の相手ができていないということを。でも毎日が必死だったのです。時間に追われるというよりは間に合わず追い越され、逆に時間を追いかけているという方が表現は合っているのかもしれません。本当に時間が足りませんでした。産後、お世話になっている保健所の人からアドバイスをもらったのですが、「手を抜いたらいいよ!」でした。夫にも同じように言われ、これはよく聞くアドバイスの1つです。しかし、私にはそれができなかった。手を抜くって何?手を抜いたら、その分また後でしなければならないでしょ?それは誰がするの?結局私だよね。そしたら、今するのと後でするのでは、何も変わらないよね。それなら意味ないよ。と思っていました。とても素直に聞ける状態ではなかったのです。そして療育の先生方からも「まじめだからねぇ~!手抜きしなきゃ!」と指摘をされるありさまです。そう。手抜きのやり方がわからないと言えばよいのでしょうか、完璧主義で全部やらないと気が済まない性格が原因です。そんなタイプの人間は、結果的に自分を追い込んでしまうのかもしれません。そんな私が考えた時間にゆとりを持つやり方は、朝早く起きる事。いつもより一時間早く起きていました。洗濯機をスタートさせたり、自分の身支度、お風呂掃除やトイレ掃除、昨日の洗濯物を畳んだりしていました。起きている乳児の長男から目を離したくなかったので、夫が子供たちと寝ている間に、済ませておきたい家事を集中してこなしていました。夫は、子供達が泣いたら対応してくれていたので、安心して任せられたから助かりました。洗濯物は日中畳む時間がないことが多く、いつも翌朝になっていたので、朝はバタバタです。そして長女の療育はお弁当持参なので、夫の分とあわせて2つ作ります。1時間朝早く起きても、あっという間に時間は過ぎ去っていきました。
自分の睡眠時間を削っても、次女との向き合う時間もろくに作れない現状となり、それが更にストレスになって、また私を追い詰めていきました。夜間授乳もあるので、益々寝不足になる日々が続き、結果メニエール病になり身も心もボロボロになってしまいました。その当時は本当に辛かったです。そして自分の事をあまり見てくれていないと感じた次女は、この頃からイヤイヤ言うことが多くなっていったのかなと思います。ちょっと気に入らなくなると、何でも嫌だ!嫌だ!になりました。ほんとにちょっとしたことがきっかけです。少し眠くなってきたら、お風呂は嫌だ!となったりし、ご飯を食べた後手を洗いに行くのは嫌だ!となったりもしました。「○○ちゃん、こっちにおいで」という呼びかけにも、わざと返事もせずに無視をしたりすることもあります。そして私がだんだんイライラしてくると、それを感じ取り素直さが更にどんどんなくなっていく始末。次女は、指摘をされたりするのが嫌なタイプでしたので、言えば言うほど反抗していきました。用事があり出かける時間が迫ったりしたとき、私がついイライラしてしまい「もう!早く!早く!時間がないんだよ!」と、せかしたりすると機嫌を悪くさせてしまい、泣き出して暴れてしまったりしました。さらに癇癪まで起こしたら、もう手が付けられなくなります。落ち着くまで20分はかかりました。特に寝起きの時、酷かったのが多かったです。
どちらかというと私より夫になついている次女なので、私は次女にイヤイヤされることが多かったです。ですから、嫌われているかなとその当時は思ったりしていました。長女の時とあまりにも違うのでとても悩みました。平日の日中に私といても突然パパに会いたいと、しくしく泣き出したりもしていましたから仕方ありません。その時は私も、「そうだね、パパが好きだもんね。会いたいよね。」というしかありませんでした。
そんな次女は、長男がお腹に入っている時から吃音がありました。自分の名前を繰り返し言うようになったのが始まりです。長女も二歳になったころに少しだけあったのですが、しばらくするとすぐに消えたので、また次女も消えるだろうと思っていました。吃音は、大抵成長と共に消えていくといわれています。ですから次女も、しばらくは様子を見ていこうと夫婦で話し合いました。そして、自分たちでできるフォローをいろいろと調べて対応していくことにしたのです。
そしてそんな次女が、2歳半をすぎたあたりから少しずつ私に甘えてくるようになってきました。そして、自ら甘えたいのだとはっきり言って抱っこをせがんだりしてきたのです。そして長男を抱っこしていたら、「○○のママじゃない!○○のママだ!」と自分のママだと涙目で言ってくることもありました。長男を押して、自分が抱っこしてもらいたいと訴えてくるのです。成長と共に、このように変化が出てくるとは思ってもいませんでした。今まで私への甘えが足りていなかったのかなと、その時初めて気づきました。自分の言葉で甘えたい気持ちをきちんと伝えることができるようになったのも、これも成長の一つなのかなと思います。
しかし、次女は負けず嫌いのため、長男や長女が私に甘えていたら競うように寄ってきて甘えてきました。その際に長男や長女を手で押したり叩いたり、足で蹴ったりしてくるので二人を泣かしてしまう事もしばしば。それを注意したり怒ったりすると、また手の付けられないくらい泣き暴れてしまうので、言い方には注意しなければなりません。長男は腰が据わるかなという時になったら後追いもどんどんひどくなり、ますます長男に時間を取られるようになりました。少し離れるだけで大泣きするほど後追いは酷かったのです。そんな長男を日中のほとんどを抱っこひもでおんぶして対応していました。それも、次女はたまにやきもちを焼いたりしていました。私の中でイヤイヤ期は簡単にのり超えられると思っていたのに、思うようにはいかないものです。私はイヤイヤ期が酷くなる次女とどう向き合うかを日々考えていました。
長男にライバル視し、おもちゃも譲ることが少なくなり、近寄ってきただけなのに顔をぺちっと叩いたり押したりするようにもなりました。「弟は嫌だ!」と言って叩いたりもしました。ここまでくるとやっぱり心配になります。しかしこんな次女は人見知りが強かったため、外に出ると一気におとなしくなりました。そのことを長女が通っている療育の先生にそのつど相談はして、アドバイスをもらっていました。それはとにかく甘えたいときはたくさん甘えさせてあげる事。5分でいいから、次女との時間を作る事。というアドバイスでした。そして、それを意識しながら過ごしていきました。効果があったかどうかは、その時は分かりません。でも、するしかありません。その場しのぎのような気もしていましたが、自分では他に何ができるかなんて分かりもしなかったので、アドバイスを守るだけでした。そんな次女の吃音は減ることはなく、酷くなっていく一方でした。弟や妹が生まれたら吃音が出る子もいると聞きますが、次女の場合もそうなのではないかと思います。ストレスがかかるとますます吃音が出るので対応が大変でした。そして、そのころから次女の療育を考えるようになったのです。

第三章 療育と次女

我が家の次女は姉っこで、姉のやる事なす事、とにかく真似をします。姉がテレビを観て歌いだすと一緒に歌い、踊りだすと一緒に踊る。ちらちら横目で確認しながら真似をします。とにかく次女にとっては一緒にできることが、何より嬉しそうで楽しそうなのです。長女が、私に色々と幼稚園の話やら、療育でのことを話してくれるのですが、それを見て次女も一生懸命私に話しかけてきます。しかし、急いで話すので話の内容は定まっていないことが多く、ちんぷんかんぷんの事が多いです。しかも長女と私の会話の間に無理やり入ってくるので、長女を怒らせてしまいます。それでも負けるのが嫌いな次女は、ひきません。その上、次女は話すときに急いだりすると無理がかかり、吃音が混じりだすことも。
姉妹の喧嘩というと、長女が使っているおもちゃを横取りするのが原因で起こることが多いです。長女がやめてと訴えても嫌だ!の繰り返し。長女が手に取った瞬間おもちゃを奪い取ろうとすることもあるので、長女もかなり怒ります。たたき合いになるのですぐに二人を引き離さなければなりません。「これは、お姉ちゃんが遊んでいたからね。他のおもちゃで遊ぼうか。」と言っても「嫌だ。」「じゃあ、お姉ちゃんが遊んだ後に遊ぼうか。」と言っても「嫌だ!」「じゃあ、一緒に遊ぼうか」「嫌だ!嫌だ!」と、嫌だの声が大きくなるだけでした。長女も「もう妹とは遊びたくない」というのですが、それに対しても「嫌だ」の連続。次女の機嫌を取るのにも一苦労。二人が仲良く遊んでくれている時は、本当に平和です。
次女と長男に関しては、次女が一人で遊んでいるときに長男が近寄っただけで、大声でダメー!と叫び、長男は驚き泣き出してしまいます。早く仲裁に入らなかったら、まだ小さい長男にもペチペチ叩いたり押したりする始末。長女と、長男に容赦なく戦いを挑む次女。さぞかし強い子なのかというとそうでもなく、とても人見知りをする子でした。
そんな次女、日中に何か気に入らないことがあったり、喧嘩をした日の夜は泣き暴れることが多かったです。寝言で突然「嫌だ!!嫌だ!!」と叫び暴れだします。さらに「○○が使うの!」と、自分が使うのだと、寝言でいうので、どれだけ日中ストレスがかかっているのか?と、思います。2歳の頃は、こういう寝言がほぼ毎日でした。「大丈夫だよ。」と頭をなでたり、背中をポンポンしたりしてなだめる事しかできなかったです。それでも落ち着くまで時間がかかりましたし、暴れる時に蹴られるととても痛くて危なかったので、次女の隣はいつも夫が寝ていました。夫はしょっちゅう蹴られ、痛そうでした。
次女は、イヤイヤが始まると癇癪を起すこともしばしばありました。そうなると、何を言っているのかわからない言葉になり吃音も混じります。落ち着くとまた普通の会話に戻りますが、癇癪を繰り返すと私も心配になりました。しかし癇癪を起すまでなくても、泣いたりすると吃音が酷くなるのも増えていきました。思うようにしゃべられなくなる吃音が、本人のストレスになっているようにも見えました。そのため吃音が多くなればなるほど、イヤイヤも酷くなっていくように感じました。
次女の吃音が始まり半年が過ぎた頃には、出だしの言葉が出にくくなるという難発にもなりました。吃音が出だしたら、人見知りにも拍車がかかり、ますます人と接することを苦手とし、公園などたくさんのお友達がいるところに行っても走り回るなどのことをしなくなりました。以前は滑り台やブランコには積極的に遊んでいたのに、それすら嫌がるようになり、明らかに消極的になっていったのが分かりました。ここまできたときには、さすがにもう家庭の対応だけでは無理を感じ始めました。早めの対応がこれからの成長を左右すると思い、半年後に3歳児検診を控えていたのですが、早めに保健所へ相談することを決めました。
言語聴覚士の人と面談をしてこれまでの事の説明をし、あとは次女が話をしているのを見てもらった結果、個別の療育を勧められました。しかし、個別の療育は空きがないのが現状だと言われ、途方にくれました。あちこちに電話をしたら説明された通り、どこの施設もいっぱいで入れるところはありませんでした。長女が通っているのは言語専門ではない施設。しかし、言語聴覚士の人が年に数回は来ていて、吃音にも対応してくれる施設です。しかも人数が10人未満と少ない人数で対応している所なので、目も行き届き手厚い支援をしてくれています。ですから他の団体の施設よりはいいのかなとも思い、空きが出たら入れようとしました。でも、ここも10人という定員かあるためいつでも入れるわけでもなく、待つはめになりました。
次女の吃音が気になりだしたので、空きが出るのをただ待つだけになってしまうと4月からの幼稚園に不安を覚えました。その時、私の友人の子供が、言葉の成長が遅かったため療育に通っていたのを思い出したのです。そしてこれまでの経緯を説明し、療育について相談をしました。その友人の子供も、療育を始める頃空きがなかったり、せっかく見つかっても施設との相性が悪かったりで、四苦八苦していました。ですから色々と、療育施設の情報を集めていたので何か知っているのではないかと思い相談したのです。実際に聞いてみたら、なんと新しく個別の言語の施設ができているとの情報を得ることができました。ママ友に言語聴覚士の方がいて、その方が勤めているのがそこの施設だったのです。そして紹介してもらうことができ、無事通うこともできました。団体の施設どころか、個別の言語専門の施設に入れたのでとても幸運でした。
そしてここの施設も、次女が通いだした2か月後には定員はいっぱいになったので、もし3歳児検診を待っていたら空きがなかっただろうし、友人に相談していなかったらこの施設を知ることもできなかった。早めの行動が吉と出たのです。そして、持つべきものは友達です!
そして週に1度の1時間の療育がスタートしました。次女が通いだした療育施設は、親の付き添いが必ずしも必要ではなかったので、私は最初から分離をしました。長女が療育に一人で行っているのを次女はずっと見てきていたので、すんなりと療育に行くことを受け入れてくれました。それに時間も一時間と短いので、そんなに問題もなくスムーズに始めることができました。本人も、とても楽しそうに通っていましたし、後は私と離れて一人で行っているということが、自信に繋がっているようにも見えました。
そして療育でも、先生とカードや絵本、おもちゃなどでの遊びを通して少しずつ自信をつけていきました。そして長女が通っている療育施設にちょくちょく相談をしていくうえで、ここも空きが出る年度初めに入る事に決めました。二か所の施設でフォローを受けることにより、吃音のフォローを受け、自信をつけて緊張を減らし、そして少しでも気持ちが安定したらイヤイヤの激しさも減ってくれるのかなと期待しました。
団体の療育では長女のお迎えに一緒に行くたびに、先生方にちょくちょく声をかけてもらっていました。さすがプロ。あの人見知りが強い次女の緊張をほぐしていき、短めの会話をする事が少しずつ増えていったのです。
週一回の言語の療育はというと、会話自体は少ないのですが回数を重ねるうえで緊張も減り、行くことに楽しみも持てるようになっていきました。次女は、どちらかというと現在の吃音はひどい方ではなく、成長と共に消えていく可能性が高いものだと言われました。その時の次女は、感情に影響されやすく吃音が酷くなったり、落ち着いたりの繰り返しでした。そのため施設の先生にも、吃音は増えたり減ったりを繰り返し、徐々になくなっていく物なので、気長に次女の気持ちに寄り添いたくさん甘えさせたり、向かい合える時間を作る事、そして自信をつけさせる事が大事だと言われました。
療育を通して、次女と向き合うことにしばらく重点を置こうと決めたのがこの頃でした。

第四章 三歳を迎えて

三歳を迎えた頃、次女に少しずつですが成長の変化が見られました。
まずは、お昼寝をすることが減っていった事です。寝ることがとても大好きな次女、毎日軽く2時間はお昼寝をしていましたが、お昼寝をしなくても夜までもつことが少しずつ増えていったのです。三歳になる前は、お昼寝の開始時間にとても気を使いました。遊びに夢中になって昼寝のタイミングを逃してしまい、16時過ぎの夕方に寝ちゃうこともありましたが、そうなったら最後です。寝起きはとっても機嫌が悪く、泣き暴れ、だれも手が付けられなくなるほどです。そして、夕飯もなかなか食べず、ぐずってしまうので時間がかかり、大変困りました。寝起きの機嫌の悪さは家族の中で断トツ一番。ですから、対策として私はいつも無理やりにでも午後3時までに眠らせていました。最悪なパターンの寝起きは避けられたとしても、それでも普段から寝起きは悪いので毎回大変でした。よし、次女を起すか!と、気合を入れて挑みます。こういう寝起きの悪さも、三歳を過ぎたあたりから、少しずつですが減っていきました。まず暴れたり、泣き叫んだりする時間が短くなりました。そしてこちらの声掛けに、少しは耳を傾けてくれるようにもなりました。しかし、まだまだ三歳。日中寝なかった場合、たまに夕飯を食べているときにうとうとされることもあります。「○○ちゃん、寝ないで。ご飯食べようよ。」と、声をかけて起こすと、以前ほどではありませんが多少は暴れます。ちゃぶ台返しまではいきませんが、机が動く程机の脚を蹴ったり、テーブルに並べているお皿を手で払ったりして暴れます。食卓の料理を守らなければ、被害が出るほどです。でも今は、まぁ10分もしない程度でおさまるのでいい方です。目が覚めると、また何事もなかったようにご飯を食べてくれますので良しとします。眠気から覚めたその時は、食べ終わったら一気にお風呂まで進めていき、早めに就寝させます。三歳になったらこういう流れがちょくちょく増えていきました。そしてお昼寝をしない日は、夜も暴れることなく静かに寝る日が増えていきました。
しかし、お昼寝をすることが減ったので体の疲れとの戦いもあります。少し体の筋力が少なめの次女は、他の子よりも疲れやすいのです。基本ゴロゴロするのが大好き。
しかし、長女の療育のための送迎に付き合わないといけないのが、気が進まないようでよく嫌がります。お昼を早めに済ませて13時半に幼稚園に迎えに行き、その足で療育の施設まで送っていくので約1時間は車でのドライブとなります。お腹いっぱいの後に乗るので、そのままお昼寝タイムとなります。帰宅したら家まで抱えて運び、また療育施設に長女を迎えに行く時まで寝ていますが、起こすときがまた一苦労です。機嫌が悪かったら、「嫌だ!嫌だ!」と、起きるのを嫌がりだします。「迎えに行きたくない」とも言ったりします。次女にとっては、眠いのに起きたり動いたりするのがとてもきついようです。大泣きで嫌だと叫んでいる次女を、「疲れるよね。嫌だよね。眠いよね。」と、気持ちに同調しながら連れて行きます。この機嫌の悪さも、三歳を機に少し和らいできました。
長女の療育がない日は、2人で仲良く遊びます。しかし喧嘩もよくします。女の子ですが、叩く、蹴るはしょっちゅうです。主に次女の方が手や足が出ることが多く、たまに長女は泣かされたりもします。弟にも容赦しないのでいつもひやひや。怪我をしないうちに早めに仲裁に入ります。「おもちゃを取られたの?」「これで遊びたかったんだね。」「これが嫌だったね。」など、次女にはもちろん声掛けをします。しかし、これだけでは納得いかないのか、なかなか機嫌をなおしてはくれません。
そして三歳になったころから、わたしへの甘えがますます酷くなっていきました。というよりは、はっきりと言葉にしてきたのでそう感じるのかもしれません。
長男を抱っこしていても、下して自分を抱っこしろと言ってきたりします。
夜寝る時も、私の隣で寝たいと訴えてきたり、夜中12時過ぎに突然しくしく泣き出したりもしましたので、とても可愛そうになってしまいました。長男が生まれてから、なかなか甘えることができなくなったので明らかに甘え不足。しかし甘えさせてあげたくても、なかなか思うようにはいきませんでした。
立って抱っこをしてほしいとせがまれても、私は腰痛持ち。かなりの負担がかかるのでやんわり断ります。このように色々と思い通りにいかないことが多いので、何かとストレスもたまっていたのではないのでしょうか。
甘えたい。ただ甘えたい。ママを占領している弟が気に入らない。ただそれだけなのです。次女のイヤイヤ期を悪化させているのは甘え不足。そして次女と向き合う時間がなかなかとれていない。原因は私にあるのだと、分かってはいます。でも、私も、何とかしたいと何度も思いました。しかし、時間に余裕もなく、気持ちにゆとりもありませんでした。気持ちにゆとりがないとうまく子供と向き合うことができないし、子供の気持ちも汲み取ることができません。ワンオペで三人の子供を、朝から夜の寝かしつけまで一人ですべて行うのは、かなりきついものです。そんな毎日で、ゆとりなんて生まれるわけがない。
長女の療育で、三人目を妊娠した時に心理士の先生に言われた言葉があります。「二歳差で三人はとても大変だね。でも子供たちのためにはなるね。それが分かるのは子供たちが小学生くらいになってからかな。兄弟が三人になると社会ができるから子供たちにとってもいいよ。親は大変だけどね。」小さい時は、子供達も寂しい思いをするかもしれない。でも、小学生くらいに大きくなった時は歳の近い姉妹、弟はプラスになっていく。遊び相手はもちろん、相談相手にもなる。と、教えてもらってから、これから先はきっとよくなっていくと信じて、頑張ろうと心にとめています。あと欲を言えば、周りの理解が大事だったりします。専業主婦の私。夫を始め義理母などに、仕事をせずに家にいるから暇だろうと思われているのではないかと、会話の中で感じ取ることもしばしばありました。疲れたと私が漏らすと「昼寝すれば?」「ゆっくりすればいいよ」など夫は言ったりするのですが、そんな時間どこにある?と聞き返したくなります。そんなやり取りが多いので夫に「私の事、暇だと思っているでしょ?」と何度も言ったことがありました。その都度夫にはスルーされていましたが、朝の出勤前に「暇だと思っているでしょ?と、よく言うけれど暇だなんて思っていないよ。それどころか少しでも時間ができた時に休んでほしいと思っている。」と、ポロッと言われたのです。私は、それを聞いてほっとしました。
誰かに自分の事を理解してもらう、認めてもらう。これが何より大事なのかもしれません。それは、子供も同じです。誰かに認めてもらえると自信に繋がります。それに、親に認めてもらうのが一番うれしいのです。次女は三歳になった今も、注意されたり怒られたりしたら注意されたことを余計したりします。目を合わさずに無視したりもします。でも、本人はちゃんと分かっていて、素直に従えないだけ。しばらくしたら、○○の事好き?と聞いてきて、自分の事を怒っていないのかを確認したりします。長女と喧嘩した後にも聞いたりしています。三歳が何をこんなに気にしているのか。と、思うくらい気にしすぎの子でもあります。
忙しい毎日に流されて、一日が過ぎていく程悲しいものはありません。イヤイヤ期は大変な時期でもありますが、大事な時期でもあるとも思っています。今しかないこの可愛い時期を逃さぬよう体当たりでぶつかってくる娘にこれからも全力で向き合っていきたいと思います。

前の記事へ

子供の食育、ご飯に込める親の思い

次の記事へ

子育てと自己犠牲のはざま 〜海外で育児中の『育児専業主婦』のおはなし

関連記事

詳しく見る