2021年10月28日
食育
初めての子供となる長男が産まれて、今まで母乳とミルクだけで成長していた我が子が、生後5ヶ月には離乳食をスタート!
今まで可愛い顔を見ながらのんびりと授乳していたのですが、離乳食が始まった瞬間に、「私と子供の戦いになる」と悟りました。
毎日あれこれ試しながら、頭を抱え悩み続けた日々…。
ノイローゼ気味になったことも。
ここから、私と長男のごはん奮闘記をご紹介します!
育児をしていれば必ずやってくる離乳食問題。
おかゆを作ったり、大人とは別メニューを考えたり、とにかくやることが多い!
上手に食べれず、ぐちゃぐちゃにした食べ物を床に捨てられたり、なかなか手こずる時期ですよね。
ですが、何をしても最終的には、美味しそうに食べてくれれば、全てが丸く収まります。
「あー作って良かったな」と思えるから、また次に頑張ろうと思えますよね。
私は、旦那や自分自身が食べることが好きだったので、きっと子供も何でも美味しく食べてくれると思い込んでいました。
一緒にご飯を食べれる日が待ち遠しく、離乳食を作るのが楽しみでした。
毎日どんな物を作って食べさせようかと、妊娠中から考えていたほどです!
ところが、息子は離乳食時期から、そんな私の期待を見事に裏切ってくれたのです。
離乳食初期では、10倍がゆを一口、二口食べて終わりなのですが、子供も初めての「食事」なので上手く食べることができませんでした。
でも、今思い返してみれば、「上手に食べれない」ではなく、口に入れたおかゆを器用に口から出していたのかもしれません。
それ程、口に入れたおかゆを飲み込まずに出していたので、息子の体におかゆが吸収されていたかは定かではありません。
離乳食中期からは、「おかゆのみ」から「様々な野菜を取り入れる」に変化。
にんじん、じゃがいも、かぼちゃ、定番の野菜たちを刻み、自分でとった「だし」で煮たりしていました。
この頃は、一人目の子供ということもあり、ベビーフードを使おうという頭がまったくなく、全て自分の手作り離乳食を食べさせたいと変に意気込んでいました。
手間暇かけた離乳食を、息子は喜んで食べてくれると思いきや、口に入れた瞬間「ブゥーッ!ブゥーッ!」と私の顔面に吹き飛ばして終わり。
そこで私が試したことは、
• とりあえず野菜こまかく刻む
• 綺麗なペースト状にする
• 一品に全力を注いで、とにかく食べてもらえるものを作る
それでもことごとく拒否をする息子。
「こんなものなのかな?」と思い、「新しい食材に慣れるまで時間がかかることも」と育児書に書いてあった言葉を励みに、来る日も来る日も野菜たちを刻み続けました。
ある時は「ブゥーッ!」時には「オエッ」と嘔吐きながらの離乳食。
「そんなにまずかったかい…。」と悲しくなった覚えがあります。
何を作っても息子に拒否され続け、私の心は折れそうでした。
口に入れてくれるだけいい方です。
スプーンで口に運ぶ瞬間から手で払いのけられたり、泣いたりすることもありました。
そんな時は、少し様子を見て、息子が全く乗り気ではない時は、作ったものを捨ててしまうことも。
息子が8ヶ月の頃に「母乳とミルク以外、何も胃に入ってない気がする」と悩み始めました。
それでも、まだこの頃は「母乳やミルクを主に栄養とする」と聞き、必要な分の母乳を飲んでいるから大丈夫と自分に言い聞かせていました。
離乳食後期に入り、取り入れる食材の量も一気に増え、わずかな光が見え始めました!
なんと、「トマト」が息子に大ヒット!いくらでも食べてくれるのです!
小さめに切ったトマトを器用につまみ、美味しそうに食べてくれる息子!口に入れて「ブゥーッ!」から「ごっくん」にかわった瞬間でもありました!「感動」の一言です!
それからは、戦友「トマト」には頻繁に活躍してもらいました。
離乳食後期から、全く食べなかった息子が「トマト」「フルーツ」「コーン」「豆」なら食べてくれるようになりました。
相変わらず米や魚は食べないですが、「食べれるものがあるだけ良しとしよう」と自分の中でも変化していきました。
きっと「何も食べない」から食べてくれるようになったので、私の気持ちに余裕ができたのだと思います。
息子が10ヶ月になると、だんだんとママ友も増え、離乳食を持って集まることも。
息子は定番の「トマト」と「みかん」だけをいつも持ち歩いていました。
初めてママ友と集まった時の事。
同じ月齢の子たちがモリモリ食べている姿を見て唖然としてしまいました。
「本当はこんなに食べるものなの!?」と驚くばかり。
ママ友は「今日はすごいお腹すいてるのかも、でも夜はおかわり催促されるの」と聞き、「これぐらいの子がおかわりするの?」と私の知らない世界がそこに…。
反対に何も食べない息子を見てママ友は「お腹すかないのかな?」と心配してくれました。
息子はトマトとみかんで栄養補給しているというのに、ママ友の子は野菜たっぷりのおかゆをおかわりしている現実に「うちの息子はやっぱり食べなさすぎだ!」と不安に襲われました。
他の子供と比べてはいけないと今なら分かります。
でも、その時は他の子と比べることでしか判断ができなかった自分に反省。
確かによく食べるママ友の子供はぽちゃっとしていて健康的。
私の息子はヒョロっとして小柄でした。
体格にまで差が出てしまうのかと、私はそこから一層育児書を読み漁るようになりました。
「本格的な出汁じゃないから食べてくれないのかも」と思えば、少し高い鰹節や昆布を購入してみたり、「出来立てのものなら食べてくれるかも」と思えば、作り置きをやめ、その都度作るようにしていました。
ママ友の子供と比べることによって、「何で食べないのか」「私がいけないのか」と毎日自問自答するように。
10ヶ月ぐらいになってくると、基本離乳食から栄養を取り、足りない分は母乳やミルクで補うようにと聞き、全く食べない息子を目の前に途方にくれていました。
また、追い打ちをかけるように、息子の食物アレルギーも判明。
小麦粉、ピーナッツ、卵がダメ。
軽症なものの、気を付けてあげないと「アナフィラキシーショック」に陥ることもあると聞き、更に息子の食に対しての問題が深まってしまいました。
アレルギーを気にしつつ、作れる離乳食の種類が前よりも減ってしまい、食べない息子が、ますます食べなくなってしまう恐怖感がありました。
今まで好物だった「トマト」もアレルギーの危険性があり、食べる量を減らさなければいけないと知った時の落胆は半端じゃありません。
ならば、みかんを食べてもらおうと思いましたが、小さい体で毎日みかんを食べていた息子の肌は柑皮症になり、黄色く変化。
もう、頼れる食材がなくなってしまい、追い詰められた時期でした。
あまりにも自分を追い詰めすぎて、離乳食を食べずにミルクをごくごく飲む息子を見て、号泣したこともあります。
そうすると、毎日の離乳食作りがだんだんと苦痛になり、食べない息子を見てイライラする日も増えて、育児ノイローゼ気味になっていきました。
「食べれない、食べない、作れない、作りたくない」この4つの言葉を毎日頭の中で唱えていたように思います。
今、冷静に自分を見つめなおすと、かなり病んでるのが分かります。
旦那にも「少し悩みすぎだよ、長男は食べないけど、元気にしているから大丈夫」と優しい言葉をかけてくれていましたが、当時の私は「何としてでも息子にご飯をたべさせなきゃ!」の一心でした。
痩せ気味の息子を見て、離乳食を食べてくれないのは、私に責任があると勝手に思い込んでいたと思います。
ベビーシッター派遣のハニークローバーは、お子様への離乳食の調理や食事の提供もさせていただいております。オプションの家事代行は1分単位でのご請求ですので細かいご要望にもお応えします。
離乳食は相変わらず進まず、ノイローゼ気味になりながら息子が食べてくれるものをひたすら探し求めていました。
1歳を過ぎたころから、息子は麺類なら多少は食べてくれることを発見。
麺類と言っても、小麦アレルギーなので、豆腐で作られた麺をラーメンスープに入れて食べさせていました。
どんなに美味しそうに食べてくれても、毎回完食することはありませんでした。
毎回残される料理に、私の悩みがどんどん膨れ上がっていきました。
さすがに1歳を過ぎて、「食べることに慣れていない」とは考えにくいと思いました。
食べてくれるように色々と工夫して料理をしていましたが、使っている材料は毎回同じような物なので、新しい食材にビックリして食べない訳ではありません。
ですが、一日に食べている量が明らかに少ない。
フォローアップミルクを飲んでいるとはいえ、さすがにこれで栄養が足りているとは思えませんでした。
フォローアップミルクは悪魔でも「足りない栄養分の補給」です。
息子は完全にフォローアップミルクに頼っている状態でした。
当時の息子は、朝にバナナのスライス2枚、プチトマト1個。
お昼は食べずに、夜はプチトマト2個にトウモロコシを5粒程度、〆にフォローアップミルク。
よくこれで一日体力が持つなといった感じです。
あまりに食べないので、市の1歳半検診の時に悩みを打ち明けてみました。
悩みを聞いてくれた保健師さんは、体重はやや痩せ気味だが悩む程でもない。
確かに同じ年齢の子に比べたら食べないと思うが、あまり悩まず運動量を増やすのと、食べる時の雰囲気を変えてみてほしいと提案してくれました。
体を動かせばお腹は自然に空くもの、雰囲気が違うだけで子供は食べてくれるおとがあるそうです。
1日の運動量と言われても、私は毎日息子を30分程公園で遊ばせ、家に帰ってきて遊び、お昼を食べ、昼寝。
「外での活動量が少ないのか?」と、この時からは公園の滞在時間を少し伸ばして50分、お昼寝も少し短めにして家でも体を使って遊ぶようにしてみました。
「さぁー今日は朝も食べずに公園で遊んだのだから、当然お腹を空かせているはず!」と、息子の好きなプチトマト、ミニおにぎりを1つに、野菜スープを出してみました。
器用にミニおにぎりから米粒2,3粒を取り口に入れ、野菜スープは汁をペロッと舐め、最後に好物のプチトマト2つ食べ終了。
その後は、電池が切れたようにお昼寝をしていました。
私はやることをやった。家の片づけを後回しにして公園で頑張って遊んだし、帰ってきてからもひたすら家の中で追いかけまし、たまにはジャンプなんかもしてみたり、いつも以上に息子の遊びに付き合った。
「なぜ、た・べ・な・い・のーーー!!??」と寝顔を見ながら、心の中で叫んでいました。
「夜ごはんなら食べるか?」の淡い期待もあっさり裏切られ、その日の私は廃人と化していました。
息子の食べない原因は「運動量の足りなさ」ではないことが、この時はっきり分かりました。
ならば、保健師さんに言われた「いつもと違う雰囲気で」食事をしてみよう!
次の日は、小さいお弁当を作り公園で朝ごはんを食べてみようと考えました。
息子は、朝から公園で遊べるのが嬉しかったようで、やたら走り回る!飛び跳ねる!
作ってきたお弁当も、頑張ってキャラ弁にしてみた。
「よし、こんなに興奮しているならば、この勢いで食べてくれるだろう。」そう思い、お弁当を出してみました。
まぁ、食べませんよね…。
キャラ弁を不思議そうに眺めて、そっと蓋をした息子。
がっくりと肩を落とし、その日は帰宅しました。
ことごとく失敗する作戦に、私はもう半分諦めかけていました。
「この子は何を作っても食べない、小食なのだからしょうがない」
そう思いながら、息子の食事を用意する日々。
食べずに残ったご飯を捨てる毎日に虚しく感じていました。
3歳になった息子は、幼稚園へ。
幼稚園面接では、子供の発育に関して聞かれたので「とても小食で、幼稚園でお弁当を食べきれない事が多いと思います」と先生に伝えておきました。
それを聞いた先生は、「子供は皆それぞれ違うし、そのうち食べてくれるようになる、初めは子供の食べれるものだけ、食べれる量だけ入れてください」と言われ、少し安心したのを覚えています。
幼稚園に行き始める前に、少しでも食べれるものを増やしてあげたいと思い、家での定番料理だけではなく、外食に連れて行く頻度を増やしました。
家ではあまり食べなれないものを興味本位で食べてくれるかと思いましたが、ジュースにお茶に、コーンスープ。
液体のオンパレードで、お腹から「ちゃぽちゃぽ」と音が聞こえる程。
「一体君は何しに来たの?」と言いたいところです。
どんなに美味しそうな料理が並ぶバイキングに連れて行っても、一切料理には興味を示さず、飲み物・汁物一本で攻めるスタイルの息子。
試しに子供が好きそうな唐揚げをあげても、手は付けません。
飲み物や汁物でお腹を満たせる息子ですから、「ご飯食べないならジュースはダメ」作戦なんて意味がありません。
そんな息子を見て、さすがに夫も心配するようになりました。
親の心配とは裏腹に、息子の食に変化が起こることはありませんでした。
息子が通っていた幼稚園はほぼ毎日手作りお弁当持参で、週に1、2回幼稚園のお弁当が出ます。
この幼稚園のお弁当が本当に辛かった!
食べれるものが少ない息子は、お弁当箱がスカスカ状態。
好きな物だけ、食べれる量だけだけと言われたけど、さすがにそれでは先生もビックリするだろうと思い、食べれそうなものも一緒に入れ、「スカスカ」から「スカ」ぐらいなるように詰めていました。
見事に半分以上は残してくる息子。
それでもめげずに作り続けました。
作り続けているうちに、息子はミートボールが食べれるように!
それから我が家では、ミートボールを切らしたことはありません。
ミートボール、卵焼き、かまぼこや、ちくわ。
確かに幼稚園に行きだしてから食べてくれるものが確実に増えたのです!
ですが不思議なことに、幼稚園では食べるが家では全く食べないのは続きました。
完食して帰ってくるのは、月に1,2回。
これはオーバーに表現している訳ではありません。
本当に食べない子は食べないです。
あまりにも完食できない息子を見た先生に「もう少し、量を減らしてみてください」と言われました。
確かに食べれない量のお弁当も持たせる私も悪い、それからは「スカスカ」のお弁当を持っていくことに。
だいたいお弁当の中身は、「ミニおにぎり1つ、ミートボール3つ、プチトマト2つ、卵焼き1つ」
食べれるものが少ない息子の弁当は必然的に毎回同じおかず。
それでも私は頭を悩ませて、今日は何を入れようと考えていました。
私の作ったお弁当を見て驚いているのか、食べない息子に驚いているのかは分かりませんが、クラスメイトのお母さん達が子供達の昼食時間を見学できる日には、他のお母さん達にビックリされていました。
普段幼稚園で遊んでいる息子しか見ていないクラスメイトのお母さん達が、息子が小食とは知らないので、驚くのは仕方がないことです。
ですが、悩んでいた私は心がナイーブになっていたので、お母さん達の反応に内心傷ついていました。
小食な息子を理解してくれている先生がいるだけで、ありがたかったです。
息子とは違って、私たち夫婦は食べることが大好きです。
休日には、今日はおいしいものを食べに行こうと、遠出する程。
ですが、息子が「食べない」と、生活パターンもガラリと変わってしまいました。
どこに出掛けてもお腹の空かない息子は、ずっと遊びたがって逃げ回ります。
お腹を空かせている親と、空いていない子供の攻防戦。
長い時間説得して、やっとなにか美味しいものを食べに行こうと思っても、食に興味のない息子はお店で遊び始め、ゆっくりとご飯を味わうことはできません。
特別なお店に食べに行こうとしてる訳ではありません。
ファミレスやフードコートでさえ一切落ち着いて食べれることができませんでした。
息子は食べないので、待ってる時間が苦痛だったのでしょう。
当時、他の家族が美味しそうにご飯を食べている姿が本当に羨ましかったです。
そのうちに、唯一の楽しみであった「美味しいものめぐり」も諦めました。
ベビーシッター派遣のハニークローバーは、お子様の短時間送迎もさせていただいております。保育園からご自宅まで、保育園や幼稚園から習い事までのお送りなど、1時間よりご利用いただくことができます。
幼稚園に行きだし、家にいた時と比べれば運動量は確実に増えていました。
それでも、食べる量は相変わらず増えず、半分以上のお弁当を残して帰ってくる日々。
それでも、特になにも問題なく幼稚園に通っていたので、「小食」であることをあまり深く考えないようにしていました。
ですが、だんだんと息子の体に不調が出始め、それらの原因が「小食」だからと悩み始めました。
もともと食物アレルギーを持っている息子。
幼稚園の年中に入るころには、小麦アレルギーはクリアーできていました。
晴れて、ラーメン屋で本物のラーメンを食べることができた息子。
「美味しい!」と感動して食べたものの、お子様セットでも完食はしませんでした。
食物アレルギーを持っていたので、きっと他にもアレルギーがあるだろうと心構えをしていました。
すると、「アレルギー」であろう症状が出るは出るはのオンパレード!
始めは皮膚のかゆみから。
夏場でも少しカサカサ肌だった息子は、保湿をかかせませんでした。
それが、だんだんとアトピーへと移行。
体温が上がるとかゆい、乾燥してもかゆい。
もう、朝・昼・晩かゆみとの闘いです。
かゆみが出る前に「保湿」と思うにも、そんなタイミング良く塗れるはずもなく、息子の皮膚は搔きむしりによる傷で所々出血していました。
季節構わずよくくしゃみをする息子。
一度耳鼻科に連れて行き「花粉症」だと診断されていたので、花粉症だろうと思っていました。
それでが、だんだんと季節問わずくしゃみ・鼻づまりを起こしている状態に。
夜は、息をし辛そうに寝ている姿を見て心配になり、アレルギー専門の病院へ行くことに。
結果は、ぶたくさ、ひのき、すぎ、と数々のアレルギーがあることが判明し、息子は1年中花粉に悩まされる体質と判明。
きっとアレルギー体質だろうとは思っていましたが、ここまで酷いと私もかなりショックを受けると同時に息子に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
それから耳鼻科へ吸入や薬も貰いに、毎週通院することとなりました。
季節は冬に代わるころ、幼稚園から帰ってきた息子が「かゆいかゆい」と騒いでいました。
また、アトピーがひどくなったのかな?と思って見てみると、今度は蕁麻疹。
服から出ている部分に蕁麻疹が出ていることに気づきました。
ですが、この時は何が原因で蕁麻疹が出たのか分からなかったので、ひとまずお風呂に入れて様子を見ることに。
お風呂から上がると、蕁麻疹もひいていたので、何かアレルギーが出るようなものに触ったのかもしれないと、その時は思っていました。
次の日の朝、幼稚園まだ連れて行く途中で「かゆい」と言い出した息子。
見てみると、半ズボンから出ている足、と頬に蕁麻疹が出ているのを発見。
ここまでの道のりで息子は私と手をつなぎ、何も触っていない。
朝食べたものに、今までアレルギーを起こしたものを食べていない。
何かがおかしいと思いました。
その日は幼稚園を休み、すぐ近くの皮膚科に受診。
蕁麻疹をまじまじと観察した先生から「寒冷じんましん・寒暖差アレルギー」と言われました。
急激な温度差で出る蕁麻疹らしく、ひどいようなら飲み薬で対処。
今まで聞いたことない「寒冷じんましん」。
とにかく体を冷やさないように注意するようになりました。
この「寒冷じんましん」のやっかいな所は、冬の寒い季節だけではなく、夏でも蕁麻疹がでることです。
夏の幼稚園でプール教室があった時も、急に冷たい水に触れて蕁麻疹が出ていた息子。
プールに入っては休憩、入っては休憩を繰り返し、遊べる時間がほとんどありませんでした。
真夏の海でも蕁麻疹、汗をかいても出る蕁麻疹。
どう対処していいものか、本当に悩みました。
幼稚園に入ってから変わらず小食であったものの、身長はぐんぐん伸び、背順に並ぶと後ろから2番目でした。
やや痩せ気味ではあるが、順調に背が伸びている息子をみて、この子の食べれる容量が極端に少ないだけで、栄養は取れているのかもしれないと思っていました。
ですが、次から次へと出るアレルギーの症状に、やっぱり食べないことが原因なのではないかと、私は思い始めていました。
まずアトピー性皮膚炎について調べてみると、やはり必要な栄養素が足りずに肌のバリアが崩れてしまうのが原因と知りました。
「やっぱり…」
肌に必要なコラーゲンは、「タンパク質、ビタミンC、鉄」が重要だそう。
息子はフルーツは食べるものの、肉類を全くと言っていいほど食べませんでした。
肉類を食べなければ、鉄分を補給することも難しい。
更に、アトピー性皮膚炎の人は「ビタミンD、オメガ3脂肪酸、亜鉛」が不足しているとのこと。
次にアレルギー性鼻炎を調べてみると、抗炎症作用や抗アレルギー作用がある食べ物、鼻の粘膜を強くする栄養素を積極的に摂取すると改善につながるとありました。
抗炎症作用のある食べ物は、主に青魚。
粘膜に必要な栄養素はビタミンAでレバーやホウレンソウ。
寒暖差アレルギーは、細見の人・自律神経が乱れていると発症しやすくなることがわかりました。
細身の人は温度を調整する「筋肉」量が少ないことから、寒暖差アレルギーを発症しやすいと知り、まさにカリカリに痩せている息子の事だと思いました。
バランスに良い食事、しっかりとタンパク質をとる、自律神経を整えるのにはビタミンDが必要。
野菜はトマト以外好んで食べるものはあまりなく、ビタミン類はフルーツで接種していたと思います。
全てが息子に足りない栄養素で、息子は「なるべくしてなった」と思いました。
それと同時に、無理にでも食べさせなかった息子に罪悪感を抱くようになりました。
「毎日のかゆみから解放させてあげたい」「夏は思いっきりプールで遊ばせたい」「思いっきり汗をかかせてあげたい」そう思えば思うほど、無理やりご飯を食べさせようと、息子を苦しめていたと思います。
私からしたら、息子は「食べたくない」と思っていましたが、息子は「食べたくない」ではなく「食べれない」のです。
食べれないのに、無理やり食べさせようとする、次第に息子は食卓の椅子にさえ座らなくなりました。
最初から食卓につかなければ「食べなくてもいい」という息子なりの考えです。
座らせたい母、座りたくない息子。
幼稚園年中ぐらいになると口も達者です。
ご飯の時間は毎日喧嘩でした。
ケンカしながらの食事なんて美味しくないですよね…。
でも、当時の私はそこまで考えれる程余裕がなく、「食べさせたい」の一心でした。
息子が食べてくれるかもしれないと、調理方法も工夫して出しても、好きなプチトマトだけを口に運び「ごちそうさま」。
ならば、プチトマトを出すのを止めてみました。
そんな日は、お皿を見て味噌汁だけを飲み「ごちそうさま」。
毎日の食事時間がお互いストレスで、毎回イライラしていて「楽しい食事」風景からかなりかけ離れていました。
それでも、唯一息子が好んで食べてくれる料理がありました。
食べない息子に何を食べさせようかと、日本の本だけではなく、海外の料理本からヒントを得ようと読み漁っていた時に出会った「チキンヌードルスープ」
海外では、風邪をひいた時に食べる栄養満点なスープだそうです。
使う材料は、骨付きチキン(手羽先、手羽元でも可)、にんじん、セロリ―、玉ねぎ、グリーンピース、マカロニ、コンソメ、塩。
息子の足りない栄養素が豊富に入ったスープ「これだ!」と思って作ったものが大ヒット!
このスープであれば完食するし、調子がいい時だと「おかわり」までしてくれました。
スープのマカロニをお米に変更しても好評で、このスープには何度もお世話になりました。
ベビーシッター派遣のハニークローバーは、北海道から沖縄まで幅広い地域でお伺いをさせていただいております。是非ご利用ください。
様々なレシピ本を読み、息子が食べてくれそうなものは片っ端から試しました。
撃沈する日が多かった日から、息子が成長すると共に食べてくれる日も多くなりました。
それでも、少なく盛った料理さえ完食することはなかなか見ることは出来ませんでしたが、
一口、二口残す分には、前と比べたら大分大きな変化でした。
家でご飯を残すことを「当たり前」に思ってほしくなかった私は、ご飯を毎回残してしまう息子に必ず、「残してごめんなさい」を一緒に言おうと約束していました。
この「ごめんなさい」は、私にではなく、残してしまって捨てることになってしまった「野菜」「お肉」「お魚」に対して一緒に謝ろうという意味です。
初めの頃は、息子も意味が分からず「ごめんなさい」をしていましたが、年長になったころから、「料理に使われているものは全て命あるもの。残してしまうのは命を無駄にすること」と教えました。
詳しく意味を伝えてからは、息子なりに解釈し、頑張って食べれうなものは一度考えてから食べ、どうしてもお腹がいっぱいで食べれない時は、両手を合わせて「ごめんなさい」をするようになりました。
彼なりに、料理を「残す」という意味を理解し、残さずに食べようという意識が芽生え始めていました。
幼稚園でも、先生が「食べれないのはしょうがないけど、頑張ってもう一口食べれそうなら頑張ってみよう」と声掛けをしてくれていたので、年長に入って初めてお弁当を完食できるようになっていました。
クラスメートのお友達も、息子が食べないことを良く知っているので、息子がお弁当を完食すると、クラス総出で喜んでこれていました。
息子はそれが、恥ずかしくもあり、嬉しかったのだと思います。
それからは、今までお弁当に対してノーコメントだった息子が、かえって来て「今日は頑張ってお弁当食べれた!」「少し残しちゃったけど、頑張ったんだよ?」と自分から伝えてくれるようになりました。
幼稚園のお弁当を「完食」してくるようにはなりましたが、年長組に入っても年少組で使っていた小さなお弁当箱です。
まだまだ年齢相当の食事量は取れているとは言えませんでした。
すこし気分の乗らない日であれば、まったく食事をとらない日もまだまだありました…。
相変わらず一年中肌はカサカサで潤いがなく保湿は必須。
季節関係なく、鼻が常に詰まっている状態で口から呼吸をしていたので、よく風邪をひいていました。
どうにかして栄養を採らせたい時は秘密兵器「スープ」に頼ることに。
息子の体の半分以上は、大好きなトマトと、この秘密兵器「スープ」で成り立っている言っても過言ではありません。
とにかく野菜をふんだんに使い、肉類をいれ、パスタ又は米を入れて、数十分でできるスープを週に3回以上は食卓に出していたと思います。
ただ厄介だったのは、ちゃんと肉類でとった出汁ではないと食べなかったこと。
手を抜いて顆粒出汁だけを使うと一口目でバレ、一切食べない息子。
全く食べないくせに「グルメかよ!?」とツッコミを入れたくなりました。
今思えば、あまり食べない息子は舌が敏感で味の変化が分かりやすかったのかもしれません。
色々な種類の野菜や肉類の栄養が溶け出したスープは栄養そのもの!
本当に助けられました!
私たち夫婦も息子と一緒になって具沢山スープを毎日のように食べていたので、便通が良くなり、体重が減って一石二鳥でした。
まだまだ食が細く食べれるものが限られているのに、次の年には小学生。
幼稚園の頃とは違う「悩み」が芽生え始めました。
幼稚園では「食べれるものだけを詰めたお弁当」小学校では「食べれるか分からない給食」。
息子の通う学校の給食は、和食が多めで「切干大根の煮物」「煎り大豆」など、息子が口にしたことがないものが多かったです。
確実に「食べない」と思っていました。
給食で出る牛乳も、アレルギーはないもののお腹に合わず腹痛を起こしてしまうので家では全く飲ませていません。
やっと食べれるものが出来たと喜んでいたのに、入学前の課題ができてしまいました。
家で少しずつ慣らしていこうと作ってみたものの、やはり食べません。
ならば、「お弁当に入れたら食べるかも」と入れてみましたが、見事にそれだけ残してきました。
不安でいっぱいのまま小学生を迎えました。
学校へ提出する健康表に、「小食である」ことと「牛乳でお腹をこわしやすい」「寒暖差アレルギー」「アトピー性皮膚炎」と記入して提出。
アレルギー持ちと記入していたので、後日先生から電話があったため詳しく話ができ、不安が和らいだのを覚えています。
いざ、小学校が始まりはじめての給食の日!
ちゃんと食べれるか、牛乳は大丈夫かと一人で不安になっていました。
牛乳に関しては、今の時代アレルギーの子も多く、無理に飲まなくてもいいとなっているそう。
息子は牛乳アレルギーはないので、「飲む飲まないは息子の意思に任せます。ただお腹は壊しやすい」とだけ先生に伝え、先生もそれで大丈夫とのことでした。
さて、初めての給食はどんな感じだったのか帰ってきた息子に聞いてみました。
「ちゃんと全部食べれた!しかも牛乳も全部飲んだよ!えらい!?」と目をキラキラさせて言うではありませんか。
なんともまぁ拍子抜け…。
学校の先生からも電話があり、「牛乳飲めると言ったので飲ませました、観察しててもお腹を痛そうにしていなかった。給食もちゃんと完食できました」とのこと。
こんなことまで報告してくれる先生に感謝しかありません…。
給食のメニューを聞いてみると「ミートボール、ニンジン、ご飯、スープ」
息子の記憶なので定かではありませんが、息子が食べれるようなメニューだったからかな?とも思いました。
牛乳を飲めていたことにビックリ!
飲ませてないうちに、克服したのか!?と謎のままです。
次の日の献立メニューを見てみると、魚をメインにした和食でした。
「今日こそは食べないで帰ってくるか?」とドキドキしながら帰宅を待ちました。
帰ってきた息子に聞いてみると「食べれたよ!おいしかった!」
「….おいしかったの?お魚だったでしょ?」と信じられなくもう一度聞きました。
「うん!お魚美味しいんだね!?」と息子。
「お家でも出したことあるよ?お魚…」と私。
「そう!でも今日ちょっと食べてみようと思って食べてら美味しかった!もうお魚食べれるよ!」と息子から思いもよらない返事が返ってきました。
今までの私の苦労はなんだったのか…。
学校での給食は完食し、家での夕飯もきちんと完食。
来る日も来る日も、給食を完食できたか確認し、「食べれた」と返事が返ってきました。
この大きな変化に一人ついていけない私がいました。
離乳食の時から悩んでいた息子の小食が、小学校入学と同時に食欲が爆発しました。
あんなにレシピ本を何十冊を読み、調理の仕方もこだわって、作ったものを一切気に入ってくれず、ノイローゼ気味になっていたのが嘘のようです。
今まで食に興味がなく、「今日は〇〇食べたい!」とリクエストされたことが一度もなかったのに、今では「今日はハンバーグ食べたい!」「からあげ食べたい!」など、苦手だった肉類中心にリクエストしてきます。
よく食べてくれるおかげなのか、年中かゆいと騒いでいたアトピー性皮膚炎も落ち着いてきていますし、風邪をひく頻度も劇的に減りました。
寒暖差アレルギーは、体調によって出たり出なかったりしていますが、毎回のように蕁麻疹が出ていた時に比べたらかなり減り、プールも楽しめるように!
お腹を壊していた牛乳は、月に1、2回の頻度でお腹を壊しますが、本人は気になっていない様子で家でも毎日飲むようになりました。
悩んでいた当時では考えられないほど息子は健康に成長しました!
息子を産んでから、その後に2人出産し、育児経験も豊富になった今、「何故あんなに悩んでいたんだ?」と不思議に思います。
今食べる息子を見て思うことは、私が食べない息子を過剰に心配しすぎていたのかもしれませんが、「初めての子」ということもあり、全てが初めてで「自分が思っていた通りじゃない」「育児書通りじゃない」っと手本通りに進んでいない息子の成長が不安だったのだと思います。
今なら「育児書通りに子供は育たない!」と言えますが、当時は「バイブル」のように熟読。
手探り状態の育児に「これでいいのかな?」といつも不安で自信がありませんでした。
その時から、「これでいい!」と自信を持てていたら、息子を冷静に観察できていたと思いますし、毎日喧嘩しながらご飯を食べる日々がなかったと今では後悔しています。
ですが、とても良い経験をしたとも思っています。
当時作っていた数々のレシピ達は、下の子供達で活躍していますし、食べなくても「そんな日もあるよね」「いつか食べる日がくるか」と余裕を持てるようになりました!
そして「一人一人の成長のスピードは違う、いつかは追いつく」ことを知り、焦らず育児することができるようになったと思います。
ベビーシッター派遣のハニークローバーは、ベビーシッターの検索から指名予約までアプリで便利に行っていただくことができます。ぜひダウンロードしてご利用ください。