イヤイヤ期の2歳児と過ごす、コロナ禍での第2子妊娠生活

2022年5月31日

子育て

1章 2人目妊娠中の育児(つわり、長男のお世話等)

現在私は4歳と1歳の息子を育てる二児の母です。
2020年2月頃次男の妊娠が分かりました。その頃は丁度コロナが流行り始めで、公園に行くことすら躊躇われる時期でした。
2歳イヤイヤ期真っ最中の長男とこれからどう過ごして行こう?いつ落ち着くんだろう?と悩みは尽きませんでした。
近所に仲の良いママ友家族が居ましたが、お互い会うことを控えるようになり孤独な子育て期間の始まりでした。

〇公園に行けない
いつも行っている公園は混み合うので、何もない土手までお散歩をしたり、空いている時間を見て外出をしました。晴れている午前中は公園で毎日のように遊ばせていたので、それが出来なくなりました。
当時長男は2歳でまだ幼稚園も始まっておらず、プレに行く予定でしたがコロナの影響で延期に。
夫の休み以外は殆ど2人きりの生活でした。公園で会うお友達のママとも会わなくなり、今までしていた大人との他愛のない会話が私には必要だったんだなと気付かされた期間でもありました。
先行きの見えないコロナの状況も相まって、家で2人きりで過ごすことに閉塞感を覚えました。

そんな中でも長男が毎日楽しく過ごせるように、何をしてあげられるだろうと日々考えていました。絵の具やスライム、お庭でプールをしたり、お菓子づくりを一緒にやってみたり…。妊娠中どうしても気持ち悪い時は休んでいました。でも必然的にお世話する子がいると休む暇もなく、家で1人きりで妊婦生活を送っているより楽に思えました。
そうやって試行錯誤しながら、日々の生活を過ごしていました。

〇トイトレ問題
家に居ることが増えたので、トイレトレーニングにも力を入れ始めました。(長男2歳10ヶ月頃)時期は夏で、トイトレを進めるなら暖かくなってからがいいと考えていたので、都合が良かったです。

もちろん最初から上手くできるはずもなく、何度もお漏らしを繰り返しました。30分置きに誘ってみても、「出ない」と断られたり、泣かれたり…。そして5分後に漏らす、というループでした。出来たらご褒美シールをあげたり、息子の好きな機関車をトイレ中に貼ったり色々と試みましたが、初めの数か月は上手く進められませんでした。

毎日丁寧に教えても漏らされてしまうと、なんで?と怒ってしまい自己嫌悪。今覚えば、いつかは取れるんだから焦らなくていいと思えるのですが、トイトレ真っ最中の時はイライラが勝ってしまう時がありました。

そんな息子も徐々にトイレに行く習慣が定着し、お漏らしもすっかり減りました。
毎日の声掛け、洗濯、スムーズにトイトレが進む方法を調べたり、ママ友に相談したり・・・。大変ではありましたが、何より息子が一番頑張ったので、息子を褒めてあげたいです。

〇2人目の寝室、寝かしつけ
次男妊娠中に悩んでいたのは、どこに寝かせようかという事でした。それまでは家族3人ベッドで寝ていました。
しかし次男の夜泣きや寝かしつけを考えると、4人一緒に寝るのはベストではないのではないか?それではどうしたらいいだろう・・・。

少し話は逸れますが、長男は全く寝ない子で、当時睡眠不足になった私は完璧に病みました。夜に全く寝ない赤ちゃんの寝かしつけは、暗闇の底に突き落とされたような孤独感がありました。

しかし2人目が産まれたら、例え2人目が寝ない子だとしても病んでいる暇はないはず。どうにかしないといけない!と考え、寝かしつけ方法について勉強する日々が始まりました。
長男の時も「ネントレ」というものをやって、生活リズムを整えました。そのお陰で少しずつですが、長男の寝る時間が増えていきました。
今回は様々なタイプの「ネントレ本」を読み、取り入れられそうなものをピックアップしました。今の時代YOUTUBEでも赤ちゃんの寝かしつけ方法について発信している方が沢山いるのでとても助かりました。加えて海外の方の寝かしつけ方法も気になり、海外のママさんが発信する動画も観ました。
その中でも一番お世話になったものは、「フランスの子どもは夜泣きをしない パリ発「子育て」の秘密」という本です。
第3章で詳しく記載しますが、この本に書いてある方法を試したところ次男にはぴったりだったのか、本当によく寝る子に育ちました。
またスワドルミーとスワドルアップを購入。これは赤ちゃん用のおくるみで、赤ちゃんが安心して眠ることをサポートしてくれるというものでした。加えて、ICUでも使われているという、海外製のおしゃぶりも購入しました。
長男の時は申し訳なさから、夜泣きの対応を夫にお願い出来ませんでした。しかし2人目はそんな事も言ってられません。
主人にも夜にミルクをあげてもらえるよう、ひとまず混合育児で進める算段を立てました。
その上で、当面は私&次男、主人&長男とで部屋を分けて寝ようと決めました。不都合があればその都度考えよう。とりあえず仮でも決めておけば、退院後焦ることはないだろうと考えました。

〇里帰りはしない、計画無痛分娩に決めた理由
長男の時もそうでしたが、里帰りはしないと決めていました。理由は口うるさい父と弟がいるためです。赤ちゃんの泣き声を許容できない人達なので、母に1カ月ほど自宅に来てもらうかたちをお願いしました。
また出産方法は、無痛分娩一択でした。というのも長男の時は、出産時体がボロボロになり産後も1カ月以上悪露が止まりませんでした。乳首も切れて激痛で、とどめの睡眠不足・・・。少しでもこの状況をどうにかしないと、産後の2人育児は不可能だと考えました。
無痛分娩ですと、費用やリスクは伴いますが、産後の回復が全く違うと聞きました。なので2人目は無痛分娩にしました。
私が通っていた産院では、2人目からは計画無痛分娩が可能だったので、迷わずそれでお願いしました。出産予定日をあらかじめ決められるので、母親にお願いする際も予定を立てることができたので良かったです。長男と私しかいない状況で突然陣痛が来てしまうことが怖かったので、あらかじめ母に来てもらえるのは助かりました。
経産婦ということもあって、少し早めの38週頃に産む予定を立てていました。なので入院予定日の前日に母に来てもらい、当日は夫に産院まで運転してもらいました。
慌てずに事前に準備をしておくことができるので、2人目を出産される方には本当におすすめだなと個人的には思います。

〇夫との家事分担
夫は育児に協力的かと聞かれれば、イエスと答えると思います。しかしこちらから指示を出せば、の話です。つまり指示を出さないと何もしない。
夫に一度「家にいる時間は君が長くて、育児をやる時間も多いんだから、君が司令塔になってよ」と言われました。確かにそれが一番効率的なのかもしれません。
でも私は育児の悩みを共有し、お互いで解決策を出し合って、育てたいと考えていました。それなのに夫は何も調べず考えずに、私が試行錯誤して得た経験や情報のみを受け取っている。
つまり楽している主人が許せなかったのです。しかし私は一緒に考えて子育てしたい!と伝えても、その場では「分かった」と言っても次の日には忘れるタイプ・・・。もう諦めました。
じゃあ二人目が産まれたら彼には何をしてもらおうか。そこで家事をやる頻度を増やしてもらおうと思いました。そこから定着させて彼の担当にさせる。これが目標でした。
食器の洗い物をしてくれたら感謝する、私より向いていると褒める、を繰り返すうちに、自然と夫の担当になりました。その流れで、乾かした食器を片す作業も彼の役目に。
他には産後食材の買い出しに行けない私に代わって、夫が買いに行くことが増えました。最初のころは、食材を指定してもやたら高い商品を買ってきたりしましたが、黙認していました。そのうちに率先して買ってきてくれるようになり、今では肉の相場観を理解し、高いものを買ってこなくなりました。そしてこの流れで、夫が料理を作ってくれるようになりました。料理系のYOUTUBEを観ながら作ることが楽しいようで、私も誰かの作ったご飯が食べれることが嬉しく、いい循環が生まれました。
2人目が産まれて、やることは確実に増えましたが、長男を育てている時より楽に感じるのです。それは夫が家事を手伝うのではなく、担当してくれているからだと思っています。

2章 2人目出産(計画無痛分娩、入院中の長男のお世話)

計画無痛分娩という出産方法を選んだので、予定日を予め決めて、当日麻酔をする流れでした。38週に産むよう予定していたので、それまでに陣痛が来ないかドキドキしていました。しかし無事入院日まで陣痛は来ることはなく、長男と母親にさよならをし、夫の車で産院まで向かいました。

○計画無痛分娩の流れ〜出産まで

朝の9時に産院に着き、受付を済ませ個室に案内されました。夫も付き添いが可能でしたので、部屋のソファで話し相手になってくれました。
パジャマに着替え、点滴をしNSTの器具をつけて血圧を計ります。
その後院長が来て、メインの処置である硬膜外麻酔をしてくれました。背中に注射をするので、極限まで背中を丸める姿勢を作るのですが、これがなかなか大変。助産師さんも手伝って私の体を固定してくれました。
背中に注射を打つのが初めてで、緊張で尋常ではないほどの汗をかきました。しかし注射自体はそこまで痛みはなく、その後背中に管を通し終わり。
意外とあっさりと終わりましたが、背中に管を入れる瞬間は自分では見えない分、怖くて更に汗をかきました。
諸々の処置が終わった後、助産師さんに「汗がすごいね〜」と言われたのをよく覚えています。

その後内診。子宮口は2センチほどだったので、バルーンを入れました。痛いと聞いていましたが、1番最初に打った点滴の方がよっぽど痛かったです。
そして助産師さんに陣痛促進剤を貰いました。1時間に1回飲むように指示され、1時間ごとに渡しに来てくれました。

12時にお昼ご飯を食べている時、軽い生理痛を感じはじめましたが、特に気にすることもなく昼食は完食しました。

それ以降夕方までとにかく暇で、夫と話す事もなくなりアマゾンプライムビデオを観ていました。夫もソファで仕事をしていました。
この間も時々生理痛くらいの痛みがやってきました。

17時頃、再度先生がやってきてバルーンを取ってくれました。子宮口は5センチくらいにやっているが、「早くても産まれるのは明日かなぁ」と言われました。
その後夕食。何だか痛みが強くなってきていますが、完食してまったりしていました。

しかし19時頃突然強い痛みがドン!と来て、ナースコールを押しました。痛みレベス1〜10でいうと5くらいの痛みです。
助産師さんが麻酔を追加する機械を取り付けてくれました。これは自分で麻酔を追加するもので、痛くなったらボタンを押します。すると麻酔が効いて、陣痛が和らぎます。押しまくる事はできず、20分1回押すことが可能です。押せるタイミングになると、ボタンが点滅するので初めてでも分かりやすかったです。
内診をした結果、破水をしていました。麻酔も追加して10分も経たないうちに、痛みは和らいで生理痛くらいまで緩和しました。
そんな感じを1時間ほど過ごしましたが、長男の時は壮絶な痛みを5時間ほど過ごしたので、とてもリラックスして過ごしていたことを覚えています。

20時頃いきみたい感じになったのでナースコールを呼ぶと、子宮口が全開になりそうとの事でいきむよう指示されました。流石にいきむ時は痛かったですが、余裕と体力が残っていたので腹式呼吸をしっかりできました。
およそ6回程いきんだタイミングで、次男が誕生。いつも淡々としている夫が隣で、「お疲れ様」と冷静に言っていたことを覚えています。

〇入院中のこと
4泊5日の入院生活でした。入院中はご飯も作ってもらえ、母子分離でもあったため、1日目は存分に身体休めることに専念しました。
しかし母子分離と言えど、母乳を軌道に乗せるためにも頻繁に新生児室に通いました。ミルクと母乳の混合で進める予定でしたので、哺乳瓶に慣れてもらうためにミルクも作って与えていました。
驚いたのが、無痛分娩にしたお陰で本当に産後の体調が良かったのです。痛みが少なくリラックスしていたのもあり、会陰も余り切らなかったので2日目からは座っても全く痛みがありませんでした。
長男の時は退院後も会陰切開の痛みに悩まされていました。産後に身体がこんなにボロボロになって、痛みに悩まされるとは知らなかった当時の私。そこに睡眠不足も加わったので、全く余裕のない子育てをしていました。

〇次男のネントレ開始
夜も赤ちゃんを預けることも可能でしたが、ネントレを初日から実行したかったので一緒に寝ることにしました。
1章で触れた、私が読んだフランス式のネントレ内容は「赤ちゃんが生まれたその日から夜はすぐにあやさない」というものでした。自力で落ち着くチャンスを与えてあげる。そして赤ちゃんが何を求めているか「観察」するとその本には書いてありました。
昼間と夜の違いを学ばせるために、夜には赤ちゃんを眠らせるために抱きしめたり、ゆすってあやしたりすることを勧めておらず、もし赤ちゃんが泣いても少し様子をみるといい。
授乳に関しては、生後1週間の赤ちゃんは真夜中から午前5時までの間に泣いたときは、おくるみで巻いたり、おむつ替え、抱っこして落ち着かすのはいいけれど、授乳はそれでも泣きやまない時だけにすると記載ありました。
泣かせるネントレには賛否両論ありますが、本来寝るべきである赤ちゃんが上手く寝れないこと、それに伴う私の睡眠不足やストレスが増えること、その2つを解消したかったので、このネントレをやってみようと思いました。

長男の頃は、少しでも泣けばすぐに抱っこして永遠に授乳をしていました。夜に「ふにゃ」と泣けば敏感に反応し抱っこをしてしまっていました。
なので次男の時行ったフランス式のネントレは、長男の時とは真逆の対応に等しかったのです。新生児の頃からこの方式でやっていましたが、まとめて寝る時間が徐々に増え、生後2か月過ぎた頃夜通し寝るようになりました。もちろん夜中に起きることもありましたが、生後半年くらいまで夜まとめて寝なかった長男の頃と比べると、私の精神の安定が全く違いました。睡眠は子どもも大人も本当に大事なんだなぁと。
ネントレ以外にも、長男の時に使わなかったおくるみや寝かしつけ音楽を取り入れましたが、根底にあるのはこのネントレなので、本当にこの書籍には感謝しています。
ただ産院によっては必ず〇時間おきには授乳させましょうと言われたり、体重の増え方によっては夜中に赤ちゃんを起こす必要もあるかもしれません。なので私の場合は一例であって絶対的な正解ではないので、「こんな方法もあるんだな~」と参考にする程度で聞いてもらえればと思います。

〇長男のお世話について
私が入院する日にバトンタッチで、母親が長男のお世話をしてくれていました。
母がお世話をしやすいように、長男の1日のスケジュールを書き出しました。朝は6時起床、外遊びは9時から…など具体的に書くことによって母も困らないかと思いました。勿論母も若くはないので、「スケジュール通りにしなくてもいい、体調もあるだろうから目安程度に」と伝えておきました。母親も、丸一日長男と一緒に居たことは今まで1度もなかったので、このスケジュールがあった方が助かったようです。
次男が新生児である1ヶ月間、お世話に来てくれてたので、1つの子ども部屋を母の部屋として用意しました。
子ども達が寝た後は夫も母も自由な時間が欲しいかなと思ったからです。あとリビングに母が居ると夫も休まらないかな…と。折角来てもらうのに母にも少しでも気持ちよく過ごしてもらうために、これは部屋を分けよう!と思って実行しました。
実際母も気が休まったようで、自分の部屋があるとゆっくり本を読めたので良かったと言っていました。

私が入院中は「今日はこんなことをしたよ」と連絡をくれる母でしたので、安心して過ごすことができました。

3章 2人育児のはじまり

退院後1ヶ月が過ぎた頃、母は帰って行きました。ご飯を作ってくれたり、長男を連れて遊びに出てくれたり、本当に助けてもらいました。
お世話の面以外にも、私の話し相手になってくれたり、夜ミルクを作っている時に一緒に手伝ってくれたり、そういう精神面でも支えてもらいました。特に産後はホルモンバランスの乱れもあり、情緒不安定だったので助かりました。
産後は体調自体は良かったので、母が帰っても何とかなるだろうと未知なる自信がありましたが、それは完全に間違いでした。

〇初めての乳腺炎
母親が帰ってすぐ、乳腺炎になりました。突然の悪寒から始まり、熱が上がってきました。初めての事にどうしたらいいか分からない私は、とりあえず産院に連絡して診てもらうことにしました。左胸がチクチクと痛むことを伝えると、恐らく乳腺炎とのことで、解熱剤だけ貰って帰宅。
しかし数日経っても、熱は下がらず胸の痛みも消えない状態が続きました。
そこで色々と調べた結果、詰まりを解消しないと良くないと分かったので、助産院へ電話をして搾乳してもらうことに。突然電話を掛けたにも関わらず、すぐに対応してくれるとの事で急いで助産院へ向かいました。着くなり早々ベッドに横になり、搾乳が始まりました。これがなかなか痛くてビックリ。詰まりを取るのが目的なので仕方ないのですが、思いっきり胸を絞られるので拷問のような痛みでした。そうして30分くらい掛けて詰まりを解消してくれました。
また痛くなった時はすぐに対応してくれるとのことで、とても心強かったことを覚えています。その後は搾乳のお陰で無事治りました。
乳腺炎にならないよう、張っていれば搾乳をしたり片方だけに偏らないようあげていたり、気をつけてはいたのですが…。なる時はなるんですね。2人子育てしながらの病気は本当に大変だと早々に実感しました。

〇母乳とミルクの混合育児
2人目が産まれる前から、出来たら混合育児で育てていきたいと思っていました。
理由は2つ。①夜間授乳時や私が出掛ける時、夫でもあげられるから、②ミルクの方が腹持ちがいいから、という理由です。
①は私が体調不良の時や気分転換に出掛けたい時に、ミルクだと夫も育児参加ができます。長男の時は完全母乳だったので、卒乳するまでは基本付きっきりでした。その点今回は夫に預けて気分転換に近場へお出かけしたりする事ができて、やって良かったと思います。
②は、赤ちゃんにもよると思いますが、ミルクの方が腹持ちが良く寝てくれると聞きました。あげる回数や量は、次男の飲み具合や成長具合で適宜変えていました。そうしているうちに我が家では母乳をあげた後ミルクを与える、というのが定番スタイルになりました。
朝は6時に起きて、9時からは公園に行って…という長男に合わせた生活だったので、リズムも整いやすく授乳の時間もそれに合わせて考えました。私の性格上、きっちりとスケジュールを決めた方が一日をうまく進められるので、生活リズムを早々につけられたことは良かったです。

〇適当離乳食
5ヶ月頃から離乳食を始めました。長男の時は食べたものを一つ一つメモし、グラムも測っていましたが、2人目は無理だ!と思い早々にベビーフードメインで行こうと決意。
「小児科医のママが教える 離乳食は作らなくてもいいんです。」という本を購入し、知識を深めました。赤ちゃんは鉄分が不足しがちとあったので、その書籍にも書いてあったライスシリアルを購入し、1才くらいまでずっとあげていました。
あとは味付けする前の煮物をあげたり、買ってきたベビーフードを小分けにして冷凍したり、とにかく自分が苦にならない方法をしました。
そのおかげで、例え次男が用意したものを食べなかったり、投げたりしてもイライラすることは無かったです。(自分で頑張って作ってないので…)
それよりも楽しく遊んであげられる余裕を残しておくことの方が大切だと思っていたので、離乳食に力を入れ過ぎないというのは良かったです。

〇ワンオペお風呂
母親が帰ってからは、夫が休みの日以外はすべてワンオペです。特に悩んだのが、お風呂の時間。2人同時にどうしたら入浴させられるのか…?!という悩みでした。
とりあえず色んな方法で試して、最善の形を見つけよう。そんなトライアンドエラー精神で模索し始めました。
次男をバンボに座らせて、その間に長男&私が高速で洗うパターン。次男はバウンサーで洗面所待機、残り2人が先に洗うパターン、などなど。
結局、次男が1歳2ヶ月まではバウンサーで待機してもらうスタイルでやりました。それ以降は3人一緒に入浴し、長男を洗ったら彼にはリビングで遊んでてもらい、その間に私と次男はちゃちゃっと洗って終わり!という流れで入っています。
意外と私も湯船に浸かれる時間があるので、冬場でもそこまで寒い思いはしなかったです。ただ保湿やドライヤーはしっかり出来ないです。そこは「まぁこんなバタバタしてるのも今だけだろう」と割り切って、今も過ごしています。

〇兄弟喧嘩
次男が自由に歩けるようになった1歳過ぎから、まぁ喧嘩が増えました。基本は長男が作っていたブロックを、突然次男がなぎ倒すという流れ。怒った長男が泣き崩れるか、次男を叩くかのどちらかです。もしくは次男が遊んでいた玩具を長男が奪って、というパターン。
稀に仲良く遊ぶ時間もありますが、基本2人が一緒に居る時間は喧嘩が多いです。
我が家の場合は、夫が休みの日は長男を連れ出してもらい、兄弟を別々で面倒を見るようにしています。3歳差で歳が近いと言えど、やはり4歳と1歳が仲良く遊ぶなんて無理です。もう少し大きくなれば変わってくる可能性もあるかもしれませんが…。現状は無理なので、別々に過ごすようにしています。

それ以外でも、ベビーゲートを購入し長男スペースを確保することにしました。基本的に長男をベビーゲートに入れて、ブロックやお絵描きやワークをやらせています。次男が産まれるまでは自由に粘土や工作をやらせていましたが、誤飲やハサミが危険でやらせてあげられませんでした。
しかしベビーゲートがあれば、長男も好きなように遊べるので本当に買って良かったです。ただ結構なスペースを取るので、折り畳み式のゲートにすれば良かったと後悔しています…。

〇そうして現在…
長男4歳半、次男1歳半、本当に大変です。特に公園で2人を見ているのが一苦労。長男も足が速く、気付いたら遠くに行っていたり、次男は次男で自由に動き回りたいので目が離せません。
長男は気付いたらお友達と喧嘩していたり、次男は小学生のドッチボールに混ざろうとしたり…。公園から帰ってくるとドッと疲れます。
でも思いっきり遊んで欲しいし、ずっと家の中で遊ばせるわけにもいかないので、とりあえず私が走り回って見守るしかないんですよね…。あと外で遊ばせると疲れるのか良く寝てくれるので助かるという面も大きいです。
ただこれからの季節、公園は暑すぎて遊べなくなってきます。家の庭でプールをやるか、室内遊び場に行くか、いっそ夏休みは夏季保育に預けるか…常に悩みは尽きません。
この前の悩みが解消された途端、新しい悩みが増えている。子育てをしていると日々実感します。子どもだけの悩み以外にも、ママ友との関わり方など、母親ってやってみないと分からないことばかりで驚きです。
まぁそれもひっくるめて、これが子育ての醍醐味なんだろうな…と思いながら、1日1日を過ごしています。

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