人見知りの娘

2022年4月11日

子育て

第一章 一歳半を迎えた頃

我が家の長女は、とても人見知りが強い子です。多くの人の中に行くのはもちろん、1対1でも知らない人だと向き合うことは、長女にとってなかなか難しい事でした。そのことに気づきだしたのは、お座りをして遊びだす、生後7カ月の頃でした。そして1歳を過ぎて歩けるようになると行動範囲も広がり、色々なところへと遊びに出かける時期になるのですが、娘は人見知りでしたので、なかなかお友達の輪に入ることもできませんでした。
私が長女を妊娠中に通院していた病院では、妊婦用のヨガや体操などを定期的に行っていたので、私はそれに、よく参加していました。その時に知り合った年齢の近い人たちと友達になり、産後も子供を連れて一緒に遊んだりしていました。人数も10人は超え、集まったらとても賑やかなものでした。子供がまだ生後3ヶ月の時は親同士で話が盛り上がり、たくさんしゃべってそれで終わりだったのですが、子供たちがお座りをして遊びだすようになった頃から、我が家の娘の人見知りが際立って分かるようになったのでした。
たくさんの人の中でも、子供たちは何も気にすることなくハイハイして動き回り遊んでいましたが、長女は私のそばから離れることなくチラチラと周りを見ながらその場で遊んでいました。それは、少し警戒していた感じにも見て取れるほどでした。
子供たちが歩けるようになると、ますますみんな活発に遊んでいましたが、長女は相変わらず私のそばから離れることはありませんでした。簡単なお話や挨拶ができる頃でもあったので、ママ友が「○○ちゃん!こんにちは。」「何して遊んでいるのかな?」「これは何のおもちゃかな?」などと、声をかけてくれていました。しかし長女は、下を向いて何も答えることはありませんでした。そして、子供たち同士で遊びだして走り回っていても、娘は輪の中に入れずにいてポツンと座って見ていました。一緒に遊びたいけど、入れない。私が、誘ってもうまく入る事ができませんでした。私もそんなに積極的な方ではないので、うまい具合に娘を誘導することができず困りました。そしてあと少しで帰りましょうか!と、なった頃にやっと長女はその場の雰囲気に慣れて遊びだしていました。そんな長女に、周りのママ友も「やっと○○ちゃん遊びだしたね。」と、いつもの光景に和やかに接していてくれました。私もそんな長女を見ていても、そのころは私に似て人見知りかな~。くらいで、特に気にせず軽く考えていました。
その頃からちょっと人と接する機会が増えた方がいいのかなとは思ったので、まだ小さかったのですが赤ちゃんの時期から通える幼稚園の未就園児の集まりに申し込み、月に一回程度でしたが通ってみました。しかしそこでもやっぱり人見知りが強く、なかなか他の子と同じように遊んだりするのは難しかったのです。そして、途中から私にもだんだん不安が出てきました。
長女に関しては、人見知り以外子育てで特に苦労することはなく、1歳半の検診を迎えました。その時に心理士の方と面談ができますが、受けますか?と聞かれたので、「はい」と気軽に答えました。
そして娘と個室に入り、心理士の先生と向き合って色々と話をしました。娘は、私の隣に座り、おもちゃで遊んでいました。娘にも話しかけやり取りをした結果、気持ちの切り替えが難しいですねと言われたのです。そして保健所が月に一回行っている、親子で遊ぶ集まりを紹介されました。その集まりには助産師や保健師、市の職員などもいて、親子で2時間くらいの時間を遊んで過ごすものです。遊びの後は、相談をする時間を設けるなどをして、子育ての支援をしてくれました。
そして2歳を迎える時保健所で行っていた集まりが終了し、今度は療育での支援を受ける流れになっていたのですが、私はその流れを全く知りませんでした。
突然、療育施設が書かれた一覧表の紙を1枚渡され、自分で療育の施設見学した上で決めて通ってください。と言われたのです。
友達の子供が療育に通っていたので、療育施設の存在は知っていたのですがこんな流れだったとは思ってもいなくて、しかも突然言われるの?!と、とても驚きました。
一歳半の検診の時に、心理士の方との面談が行われた際、流れでも説明があればまた違っていたと思います。療育の紙が渡されたときは、妊娠9ヶ月。結構体も重く、高齢でしたのでとにかくキツイ。長女を連れて、いくつか施設を見学してって?適当なところに決めるわけにもいかないし、かといって時間をかけるわけにもいかない。こんなの無理でしょ!と、心の中で叫びました。
そしてこの流れはあんまりだと保健所へ訴えたところ、保健所の方が相談に乗ってくれました。最初はどうなるかと不安でいっぱいでしたが、友人からも施設の情報を聞き出し消去法で絞っていったので、わりかし早めに決めることができました。
そして数ある中で、保健所の方が進めてくれた二つの施設だけ見学に行ってその中で決めました。
園長の子供と向き合う姿にここだ!と思い、即決でした。ここなら、長女を任せられる。と、思ったのです。しかし、とても人気のある施設だったためその時点で5人待ちでした。しかし次女を生んで5カ月ほどしてから通うことにしたら半年後になり、ちょうど4月。そうなるとすんなり入園もできると言われたので、4月からの始めることにしました。次女も生後6カ月近くなり、母子同伴での参加もしやすくなるので、私にもちょうどよかったでした。
療育に通っているとなると、周りの目も気になることも多くなります。私はそこまで気にしていなかったのですが、夫は少し抵抗があったようでした。それに療育を勧められたけれど、行かなかったという友人も多くいます。勧められた理由としては、言葉の発達の遅れだったようですが気にしないと言って断ったとのことでした。我が家も、何度も話し合いをした結果通うことにしましたが、夫は近所の人や友人にはなるべく知られない方がいいと言っていました。
近所の人に、わざわざ言うことはないけれど、いずれ言う時がくるのでは?隠し通すのは、あまりにも無理があるよね。嘘をつくまで隠し通すことはしなくてもいいよね?などと、もやもやすることも多かったです。
私はというと、幼稚園に行く時までに人と関わることに慣れていってくれたらと思っていたので、療育に通うことには前向きに思っていました。
我が家の近所には同じくらいの子供が多く、夕方になるとみんな出てきて一緒に遊んだりするので、我が家も外に出るのですが、娘はやはり私のそばにいる事が多かったでした。
それでも、夕方になると私は娘を外に誘い続けました。それは娘も、外に行くことを喜んでいたからです。本人も、皆と遊びたいという気持ちを持っていてもどかしい気持ちと戦っていたのでした。時間がかかるのですが、なれたら少しずつ笑顔もでて遊ぶようになりました。しかし、次の日はまた最初からです。その場に慣れるまでやはり時間は必要でした。本人も、友達と遊びたい。そういう気持ちは強いものでしたので、夕方以外でも外で声がするとすぐにカーテンをめくって誰がいるか確認をしていたのです。そして○○ちゃんが、外にいるよ!と、すぐに叫んでいました。私もそこまで社交的な方ではないので、近所づきあいが得意な方ではありません。できれば、関わりが少ない方がいい。しかし、娘の事を考えるとそういうわけにはいきませんからね。頑張って、外に出るように努めました。
娘と同じ年の女の子を持つお母さんが近所にいるのですが、そのママさんがとても子供の扱いが上手な方で、娘はすぐになつきました。子供ではなく、そのママさんと一番に仲良くなったのです。そのママさんには、私も救われました。娘が、すんなりと友達の輪に入れるように配慮してくれたり、気遣ってくれたのです。ですから、そのママさんにだけは療育の事も伝えました。偏見を持つことはもちろんなく、それどころか、さらにフォローをしてくれるようになったので、本当に助かりました。
そして子育てするうえで、周りの理解とサポートは、とても大事なんだとつくづく感じました。

第二章 幼稚園入園問題

娘の通っている療育施設の活動は、10時から13時までです。長女が療育に慣れるまでは母子同伴で通わなければなりません。送迎がないため自分たちで通います。我が家からは車で片道15分ほどかかります。母子分離になると一度家に帰ることになりますから、合計二往復することになります。幼稚園よりも活動時間が一時間少ないのですが、通うのに時間がかかるのでトータル的に親への負担は大きいものになります。他の施設では、送迎をしてくれるところもあります。自宅まで来てくれるので、親への負担はとても軽くなります。しかし、娘の通う施設は子供に対しての先生の人数が多い方です。子供が6人いたら最低4人は必ずいますし、最大同じ人数で対応することもあります。子供にとってどれがいいかというと手厚い方がいいに決まっています。ここは、親の踏ん張りどころです。そして療育の活動的にも幼稚園とすることはあまり変わらないと言われ、その面では一安心。自由遊びと、課題遊びを設けて一日を過ごします。課題遊びは、クッキングなどもあったりしてとてもユニークです。私も一緒に参加していて、楽しめるものでした。絵本は一日4冊の読み聞かせがあり、数多くの絵本の中から活動内容にかけて選んでいて、スムーズに活動できるように考えられていました。内容的にはとても充実しているように思えます。子供の人数は6人なので、幼稚園からするととても少ないのですが娘にとっては過ごしやすい人数となっていました。あとは、活動の中で先生方がうまく関わっていきます。お友達との上手なかかわり方なども、先生方から活動を通して教わっていきます。しかし、毎回お弁当も作らないといけないという課題もありましたが、なんとか乗り切るしかありません。料理がそんなに得意ではない私には重大な任務でもあるのです。夫のお弁当と、娘のお弁当。付き添いの私のお弁当と次女の離乳食やミルク。朝からバタバタでした。次女はまだ赤ちゃんですので着替えや毛布などがあるから、荷物はとても多くなりました。中でも雨の日なんかは特に最悪でした。施設の駐車場には屋根はなく、入口近くの駐車数は二台しかないのですぐに埋まってしまいます。あとは、少し離れたところに5台分の駐車スペースを設けています。
長女が通っている療育施設では、年に一度心理士による面談と、半年に一度担当の先生との面談を行っています。
その心理士の面談の結果、来年の幼稚園の入園は見送った方がいいかもしれないと言われました。幼稚園に通わずに、療育を週に2回だったのを4回から5回に増やして通うことを提案されました。娘の今の発達状態から見てそう判断したと言われたのです。言われたときは、正直ショックでした。周りの子たちと変わりなく、普通に幼稚園に通うとばかり思っていたからです。私は早い段階からいくつもの幼稚園をまわり、未就園児の活動にも、複数かけもちをして、娘の合う幼稚園を探していました。そんな努力もむなしく、見送るなんて思ってもいない事でした。担任の先生は、必ず見送らないといけないという事ではありませんが、来年の入園はお勧めしません。とのことでした。それは、今の状態で入園しても幼稚園生活を楽しめず、疲れるだけで終わってしまう。という理由だからです。無理して幼稚園に通うよりあと一年療育施設で過ごして成長を待ってから、入園した方が本人にとってもいいかもしれません。とのことでした。ここでの活動は、もともと幼稚園でする事とそう変わりませんし、もし入園を見送って療育を増やすのであれば、さらに活動内容に気を付けていきますとも言ってくださいました。
私としては、それでも幼稚園に入ってしまえばどうにかなるのでは?なんだかんだ言って、入れば友達と遊んだりして他の子と同じように通うようになるのでは?なんて甘い考えすら浮かんでいました。しかし、娘に無理がかかってしまうとなると話は別です。夫にも話したら、私と同じように驚いていましたし、気にせず入園してしまってもいいのでは?と、言ったりもしていました。私が子供の頃の幼稚園は二年保育が主流でしたが、今は三年保育が主流。中には四年保育の子もいます。そんな中、二年かぁ。今度幼稚園に入らなかったら、近所や周りの友達からあれ?幼稚園じゃないの?と、言われてしまうのも目に見えています。説明すれば、なるほどねとなるかも知れませんが、いちいち説明するのも面倒だし、ちゃんと理解してくれるかもわかりません。そういう不安もあったので、すぐには決断ができませんでした。しかし、悩んでいるうちに三年保育でというのは、結局は周りの目を気にする親の都合であって、娘の事を考えてということではないということに気づき、二年保育にした方がいいのではという気持ちになっていきました。
小学生の子供を持つ友人に一度相談をしたところ、友達ができるか心配だねと言われました。入園した年少の時に仲のいい友達ができて、ある程度グループができあがってしまうから、その中に入れるのかなと・・・。それを聞いて、また一つ不安が増えました。相談して悩みが増えるなんて。と思いながら、すぐに夫に相談。確かに!と、夫も反応しました。
人見知りが強い娘が、出来上がっている友達の輪に入れるのだろうか。近所の友達の輪の中にも私がいないと入れないから、幼稚園の友達の輪にも入れずに端っこに一人で過ごすのでは?と、考え出したらきりがなく、療育の先生にすぐ相談しました。
相談した結果、それは全然気にしなくてもいいとのことでした。子供たちは、そんなことは気にしていませんよと。すぐになじめます。とのことでした。
そういわれても、本当かな?と、半信半疑でした。
心配しだすときりがなく、ただただ時間ばかりが過ぎ去っていきました。
三年保育か二年保育か日々迷っているそんな中でもとりあえず、娘に合いそうな幼稚園をひたすら見学に行ったりして探していきました。良いと聞いた幼稚園に電話で問い合わせてみたりもしました。中には、年中からの入園は受け入れていません。と、断られたところもあります。そんな中、同じ療育施設に通うお母さんから、教えてもらった幼稚園に電話で問い合わせた時、主任の先生が電話に出てくれて詳しく説明をしてくれました。年中からの入園も、前年度は○人いましたよ。別に珍しい話ではないですから。なども話してくれ、年中からの入園した子もすぐになじめてお友達と遊んでいで、何も心配はいりませんよ。と、言ってくれました。主任の先生の説明も分かりやすく、とても丁寧な受け答えから、きっとここはいい幼稚園に違いないと思いました。そして見学に行った際に、園長が園内を案内してくれて、入園にあたっての話もしてくれました。療育に通いながら幼稚園に来ている園児もいると教えてくれて、療育の施設と連携してフォローもしていきますので安心してくださいともおっしゃって下さいました。そしてここなら年中からの入園をとなっても、安心して娘を任せられると確信しました。
入園させる幼稚園は決まったものの入園を見送るか、勢いで入園させるか。結局これは、願書提出の前日まで迷いました。
娘の事を思って二年保育にするか、世間の目を気にして三年保育にするのか。私たち夫婦が下した結論は、療育の先生方が勧めた二年保育でした。
幼稚園に入園するのを一年のばして、一年間療育を週に4回通い頑張ることにしました。

第三章 療育

療育を始めた頃は母子同伴で参加していたので、拘束時間が長かったため大変だったのですが、半年を過ぎたあたりから少しずつ離れていき、母子分離へと移行していきました。通い始めた頃は週に二回でしたので、慣れるのにも時間がかかったということもありましたが、初めの30分一緒に過ごし一度離れてお昼ご飯を食べる頃にまた行く。その次は、施設についたらすぐに離れてお昼ご飯を食べる頃にまた行く。今度はお昼ご飯まで一人で頑張ってもらい、早めに迎えに行く。というように離れる時間をだんだん長く作っていきました。初めの頃は、泣いて離れることを嫌がっていた娘でしたが、だんだん泣かずに離れることができるようになっていきました。最終的には、時間がかかったけれど何とか完全分離へと成功しました。
先生に、今は成功してすんなり離れるようになりましたが、しばらくしたらまた泣いたりするかもしれませんので様子を見ていきましょうと言われました。分離に成功したのに?と思い、大丈夫でしょう!と思っていたら、三カ月程したら本当に泣いて嫌がる日が突然来たのです。まさかと思いましたが、嫌だ嫌だと泣いて離れませんでした。朝送り届けた後、すぐに私も帰らずにしばらく娘のそばにいてタイミングを見計らい離れることにしました。色々と帰る理由を考えて、娘を説得するのです。例えば、スマホを忘れたから家に取りに帰るね。や、次女のお弁当を忘れたからお家で食べさせてくるね。などを先生と口裏合わせて娘に話していたので大変でした。あれこれ忘れ物を理由に帰っていたら、次第に娘が朝出発するときに忘れ物のチェックをするようになったのです。「ママ!スマホ持った?次女の毛布は持った?お弁当は?」母親がぬけていたら、子供がしっかりしてくると聞きますが本当ですね。これを境にしっかりしてきたのですから(笑)
車の中で待っていると言って帰った日に、その日の課題がお散歩で外に出た娘。わたしの車がないことに気づき、迎えに行ったとき居なかったと責められたこともありました。「トイレに行っていたんだよ」などと、嘘に嘘を重ねたりして罪悪感にかられたことも。下手に嘘をつくものではないなと思いましたが、この時はこれが精一杯でした。
週に4回通うようになった頃には、元気いっぱいに通い、施設でもとても楽しそうに過ごせるようになっていました。
早く迎えに来てね!くらいは言いますが、離れたらケロッとして遊んでいます。親が心配しすぎというのもあるのかもしれません。子供は意外と強いもので、心配するほどやわでもない。もっと信じて送り出すことをしないといけないのだと学びました。親が心配すると子供に伝わり、かえってよくないと聞いたりします。親がどんと構えているのも大事なのですね。
娘が通っている施設は、少人数体制です。目の行き届くというメリットがありますが、同じ年の子が少ないというデメリットもありました。同級生が娘を入れて三人。しかもほか二人は男の子。あとは、一つ下や一つ上のお友達でした。女の子はというと、一つ上に二人いたのですが、やはりその女の子たちの後をついて回って遊んでもらったりしていたそうです。でも、やはり年上なので遊びについていけず取り残され寂しい思いもしていたことも。人見知りでコミュニケーションをとるのが苦手の娘にはまだまだ課題が多くありました。しかし、先生方のフォローも手厚かったため娘は、どんどん変わっていきました。
お昼ご飯を食べる時に、お弁当を女の子のお友達と見せ合いっこをしたり、コップを入れる袋をお友達に見せて、私の袋はこのキャラクターなんだよと、教えたりもしていたそうです。それは療育を始めて半年ほどした時の事でした。これは以前の娘からは想像もできない姿です。施設での生活が、娘をここまで変えてくれたとは驚きでした。
施設では、理学療法士と作業療法士、言語聴覚士の訪問もあり、活動している様子を観察して色々とアドバイスをしてくれました。娘は偏平足でしたので、特に作業療法士の方と話す事が多かったです。姿勢の話や、靴の事まで。お蔭で、靴選びの際は参考にして足のサポートをしてくれるタイプの物を購入していました。デザインではなく、機能性重視で選んでいたので、あまり可愛い靴ではなかったですがとても動きやすいと娘は言っていました。
いろんな面でサポートしてくれるのは、とてもありがたいことで助かりました。
他の施設は、送迎などもしたりして一見手厚いサポートをしているように見え、初めの頃はそういう施設の方が良かったのでは?と、親の手間の部分だけを見て思っていましたが、通っていた施設では活動を終えた後、毎日その日のリーダー(活動を指示するその日の代表の先生。毎日当番制で変わります。)からその日の活動の流れを聞いた後、さらに我が子についていた先生から詳しくその日の様子を聞きます。ですから迎えに行ってから20分は時間がかかります。娘を迎えに行くときにある、通りがかりのコンビニで、どこかの療育施設の大型バスが停まり、子供たちを親に引き渡していました。そういう施設もあれば、各家に送り届けるところもあります。その際は、そこまで詳しい報告はないと思われ、やはり親の手間、負担はかかるが現在通っている施設の方が手厚いサポートは受けられているのは確かです。半年ごとに受ける面談で、これからのサポートの方向性を先生と打ち合わせをするのですが、そのあとに作られる書類には娘の活動の際の様子などがぎっちり書かれています。本当によく見ているなと驚くほどです。たくさんの幼稚園を見学した頃、療育の施設との関係を聞いた際に、幼稚園と療育のやり取りにも差があると分かりました。幼稚園とこまめに連絡を取り合い、児童のサポートをしていくところともあれば全くの所も。娘の通っている施設は、電話での連絡を取ってくれるのはもちろん、幼稚園の訪問までしてくれます。担任と話すだけの時もあれば、幼稚園で過ごす子供の様子を見学に行ってくれたりします。何か気になることがあれば、私達で対応していきますので、何でも言ってくださいと言ってくれるのが娘の施設の対応。親の負担と手厚いサポート、どちらを取るかで判断すればよいのですが、私はやはり今のところに決めてよかったと思っています。評判がいいというのを聞いて、ここを選んだのですが、ここまで差があるとは思いもしなかったのが正直なところです。
やはり、大切なわが子を預ける療育、数ある中でどこに通うかはしっかりリサーチしてから決めるのが大事なんだと思いました。
そんなこんなで頑張って療育に通い続け、そしてまた幼稚園へと願書を出す日が来たのです。一年たった娘は、著しく成長をしていました。公園に行っても積極的に遊具で遊び、人が多くても走り回る姿は以前では考えられない事でした。夫も変わったね!これなら幼稚園に行っても安心だ。と、喜びました。療育に通うことで何が変わるのだろうかと、正直思っていました。夫も毎日幼い次女を抱えて付き添う私に、そんなに頑張らなくてもいいのでは?毎回出席しなくても、たまに休めばいいのに。とも言っていました。しかし毎日の積み重ねは、とても大きい成果を生み出したのです。頑張ってよかったと、子育てしてきた中で初めて自分をほめてあげたいと心底思ったほどです。
幼稚園へ通いだしたら、療育をやめる人も多いと聞き我が家も迷いました。
しかし、娘の成長ぶりをみてもう少し通うことに決めました。辞めるとなったらいつでもできる。ここの療育は、とても人気があり入るのには時間がかかってしまいます。幼稚園に入園した後、ストレスなどの影響が出てくるかもしれません。通い続けたら、幼稚園への訪問や定期的に担任の先生とも連携を取っていってくれると言われているし、療育はそのまま続けることにしました。

第四章 幼稚園入園

一年間週4回の療育を頑張り、とうとう幼稚園に入園する時がきました。待ちに待っていた幼稚園でしたので、子供よりも親の私の方がそわそわドキドキして準備をしていました。上履きはみんなどんな感じなのだろうか、道具などを入れる補助のかばん(レッスンバック)はどんなものなのだろうか。可愛いものがいいのか、それとも控えた方がいいのか。頑張りすぎて浮いてしまうのもよくないし、味気なさすぎだと娘が可愛そうだな。など、色々と考えました。今思えば、考えすぎていたのかなと思うほど。しかしその当時は、入園した後はすんなりなじめることができるようにという思いが強かったので仕方がありません。本年度、年中から入園するのは娘が一人。緊張する中、入園式を迎えとても感慨深い一日を過ごしました。
入園式は親同伴で行くので問題ないのですが、本番は本格的にバスに乗り一人で幼稚園に向かう事です。初日は車で幼稚園に行き教室まで送り届けるか、思い切ってバスで行ってもらうか。人見知りが強い娘は、不安も人一倍抱えてしまいます。出だしを失敗したら、後が続かなくなるのではないかと心配しました。
悩んだ結果、思い切ってバスで行ってもらうことにしました。2歳の娘と生まれたばかりの長男がいたので、車で送っていくのはしんどいという親の都合もあったため、ここは娘に頑張ってもらおうと決めました。
結果はというと、バスが到着し扉が開くまでは普通にしていたのですが、先生が降り立ち「おはようございます。」と、挨拶した途端私の後ろに逃げ込んだのです。
私の後ろから出てこなくて時間ばかりが過ぎていくので、先生が「いいですか?」と切り出したので、「お願いします!」と言い、娘をひょいと抱えてバスに乗り込んでもらいました。娘は、「ママー!ママー!」と泣き叫んで幼稚園へと向かっていきました。
こういう場面はやはり辛いです。胸が張り裂けそうになりながらバスを見送りました。
その日は午前保育ですぐに戻ってくるのですが、帰宅するまでとても長く感じました。
家事をしてもあまり手につかず、そわそわしてしまいます。泣き顔で帰ってくるのかな?もう幼稚園にはいかないと言うのかな?など想像をしていましたが、意外と平気そうな顔で帰ってきたので拍子抜けでした(笑)
夕方、担任の先生から電話があり様子を聞かせてもらったのですが、ずっと担任の先生のそばを離れることなく過ごしていたとのことです。先生もずっと寄り添ってくれたので、娘も泣くこともなく安心して過ごせたのだと思います。翌日は、泣かずにすんなりバスで行きました。幼稚園では、また担任の先生と一緒にいたそうですが、少しずつ遊びに参加していたと聞きました。そのようにして、その後も少しずつお供達との関係も築き幼稚園生活になじんでいきました。
娘は週に二回、療育に行くために30分の早退をします。その際、迎えに行くので教室での様子を覗くことができました。まずは幼稚園での生活になれたかな?というのが気になる事でしたが、これはすぐにクリアできていました。一番の課題はお友達問題。仲のいいお友達ができるのだろうかということ。幼稚園に迎えに行きだして一カ月過ぎた頃。クラスの子供たちが私に話しかけてくるようになりました。しょっちゅう来るので、子供達も覚えてくれたのです。「○○ちゃんのお母さんが来たよー!」と大きな声で先生に教えてくれたり、「今ね、これで遊んでいたんだよ!」などと話してくれるようになったのです。それは、どんな子供たちがいるのか知ることができるいい機会でもありました。お蔭で、顔や名前など覚えることができたので、娘が○○ちゃんと遊んだよ。転んだ時に○○ちゃんが助けてくれた。など教えてくれた時に、娘と楽しく話をすることができました。
他に娘の様子を知る機会は、保護者のクラス会や次女の未就園児の集まりに参加した際、園庭で遊んでいる娘の様子を見ていました。気になるのは、どうも一人で遊んでいるのがよく目についたことです。初めは友達と遊んでいるのかなと思っていても、気づくと一人になっていることが多かったのです。仲のいい友達ができるのは、やはり時間がかかるのかなと思い、しばらく見守ることにしました。しかし、○○ちゃんが遊べないと言ったとか、○○ちゃんがこれはダメなんだよと言ったとか、初めの頃はよく話していたので少し心配でした。私は「そうなんだね。ダメって言われたんだ。」や、「また今度遊べたらいいね。」などしか返すことができませんでした。そのことを療育の先生に相談したら、そういう返し方でいいですよと言われたので、根掘り葉掘りあまり深く聞いたりすることせず、ただ話をしっかり聞くことを繰り返してみました。聞いてあげるだけで、娘は安心していたのでその対応で通していきました。
一学期は、幼稚園の生活に慣れればいいかな。二学期は、仲のいいお友達ができていけばいいかな。という期待で過ごしていきました。一学期は、幼稚園の後に療育が週に二回あり、疲れてグダグダになってしまう事もありましたが、二学期に入るとその生活スタイルにも慣れ体力もついてきたのか、毎日元気に過ごせるようになっていきました。
二学期の後半になると、数名のお友達の名前を繰り返し聞くようになっていったのです。
期待通り仲の良いお友達ができ一安心。そんな二学期には行事も多くなり、運動会や発表会などがあります。人前に出るのを極端に嫌がるので、何かしらフォローが必要でした。
運動会のダンスも、自宅でも一生懸命踊っていたので何も心配することはありませんでしたが、運動会の間中顔が引きつっていました。後日、発熱。しかし、半日もしない間に平熱に戻りました。人前で緊張したのが原因でした。その後も、療育の担任の先生が幼稚園での生活を見に行ってくれた際も、緊張で顔が引きつっていたようです。案の定後日発熱しましたが、同じように半日で平熱へと戻りました。そんな頑張りを繰り返し、三学期へと進んでいきました。
生後半年の次女を抱えながら療育をスタートし、幼稚園に通いながら療育を始める頃には生後4か月の長男もいました。療育に通うことで、次女とゆっくり向かい合う時間が削られ、とても可愛そうな思いをさせてしまったことが残念でした。小さい子供がいるとただでさえ時間がかかるのに、療育でますます時間も心の余裕さえも削られていったような気がして、皆が過ごしている普通の生活ならどんなに楽なんだろうか。普通の生活なら、あんな感じで子供と遊ぶ時間が取れるのに。など、療育に向かう車から外を歩く親子を見ながら毎日のように何度も思いました。何度も。何度も。時間がなく、カリカリしてしまう自分にも嫌気がさしてきて、何のために療育に通っているのかさえも分からなくなってしまい、これでいいのかなどの自問自答を繰り返しながら過ごしました。次女に寂しい思いをさせてしまったこと。次女の成長にマイナスなことになってしまったのではないかという不安。こういう私の葛藤は、療育の先生には相談することはできませんでした。できればよかったのかもしれませんが、療育の先生に、療育に通っているから次女が‥という事を言うのはできなかったのです。結果、無理して平気な顔して頑張り続けていきました。そうしていくうちに次女の療育も加わり、そしてますます私の生活はキツキツになっていきました。
しかし三学期の後半、クラスの先生に○○ちゃんは最近本当に変わりましたよ!と言われたのです。自ら積極的にお友達を遊びに誘ったり、いろんなお友達と遊んだりしているとの事でした。ぐっと成長した娘に、とてもうれしく思いました。今まで頑張ってきたことが報われた気がしたのです。この成長が、次女にとってもプラスになっていくような気にもなりました。娘の成長を見届けたことで、次女の成長にどのようにフォローしていけばいいのかさえわかってきたような気がしました。
療育は、すぐに結果が出るものではありません。娘は、一年に一度くらいのペースで、成長を実感することができました。何気ない日々の積み重ねにより、少しずつ変わっていくのです。私が、幼稚園の頃体験できなかったことを娘がしていると思うと、とても嬉しくてなりません。私も娘と同じような人見知りが強い子だったからです。ですから、娘には変わってほしかった。今は、療育に通わせて本当に良かったと思っています。

前の記事へ

過剰歯ってなに?全身麻酔で抜歯手術!

次の記事へ

田舎育児or都会育児、どっちが良い?メリット・デメリットを考えてみた

関連記事

詳しく見る